成果報告
2010年度
2030年の世界
- 学習院女子大学国際文化交流学部教授
- 畠山 圭一
本研究の目的は、政治・経済・軍事・外交の専門家による経済・軍事・社会指標を活用した客観的かつ学際的調査を通じて、主要勢力(日・米・欧・中・露・印等)間の関係や国際構造・戦略環境の変化の過程を動態的に予測し、2030年の世界を展望することにある。また、その研究意義は「選択可能な未来像の提示」「社会システムの構造に関する柔軟な把握」「確実性と不確実性の明確化」等を通じた「将来的課題」の発見・定義・知的体系化・対応案提示・検証と、それを通じて多角的かつ洞察に富んだ戦略構想力や創造的な社会構想力を涵養することにある。
具体的な検討の枠組みを、2030年時点での「国際構造・戦略環境」と「主要各国間の勢力関係」に絞り、その検討方法としては、議論を分かりやすくするために、国際構造・戦略環境・勢力関係に関する潮流分析を通じて、パックス・アメリカーナの行方、すなわち米国の国際的地位・役割の変容の展望を主軸に論議を進めることとした。
かかる研究主旨にしたがって、現在まで5回の研究会を重ね、なお研究は継続中であるが、現時点での研究成果と知見は次の如くである。
1.2030年に向けた「国際環境」の潮流としては「(1)多極化する国際構造―先進国と新興国・途上国との国力差が縮小」「(2)新興勢力、特に中国・インドの影響力の増大」「(3)ナショナリズム、国益競争が激化―普遍的理念の影響力が大幅低下」「(4)経済的グローバル化の進展」「(5)非国家主体(多国籍企業・NGO・国際テロ組織等)の相対パワーの増大」「(6)対テロ戦争の膠着、大量破壊兵器拡散による脅威の拡大」「(7)エネルギー・食糧・水資源の不足と気候変動の悪化」「(8)資源獲得競争の激化」「(9)米国はなお国際社会動向に主導的役割を発揮」等の事項が明白に認められるものの、なお、「(1)西洋的モデル(自由主義・民主主義等)の信頼性」「(2)中国・ロシアの民主化に向けた動向」「(3)先進国の人口構成変動が及ぼす影響」「(4)核兵器開発競争の動向と核軍縮・核兵器管理体制の動向」「(5)国際テロリズムの動向」「(6)中東情勢の行方」「(7)大国間関係の動向」「(8)エネルギー転換の動向」等、国際環境動向に重大な影響を及ぼす要素については非常に高い不確実性が認められる。
2.2030年の時点で、米国は尚も強い指導力を発揮しうるものの、その指導力に対する国際社会からの信頼度の高低が問題となり、そうした信頼度の高低をより具体的に把握するには「主要勢力が抱く覇権観の違い」「主要国の国家的性格の違い」「国際秩序の崩壊状態の具体的定義」を明確にする必要がある。
3.急速な経済成長を続ける中国及びインドは今後の国際社会において主要な位置を占め、政治・経済・安全保障のいずれにおいても重要な一極を形成することはほぼ確実であるが、その一方で、内政・社会・経済上の様々な課題を抱え、多くの混乱要素・不確定要素・対立要素を抱えている。またBRICSについては構成国間相互に対立・競争要素を抱え、決して共通の政治意志を持った存在ではないため、これを一つの勢力と捕らえることは認識を誤らせる可能性が大きく、BRICSの国際的影響を考えるには、BRICS内の国際関係を検討する必要があり、中でも印中関係の検討は不可欠である。
以上の知見に基づき、2030年における中国及びインドの内政・社会・経済・軍事を予測するとともに、あわせて印中関係についてもより詳細に検討する必要が認識され、なお数年に及ぶ研究を継続することとし、本年12月にインドへの現地調査を行うこととした。
(2011年9月)