成果報告
2010年度
内閣システムの比較研究
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内閣委員会制度と政治的リーダーシップ構造を中心として
- 学習院大学法学部教授
- 野中 尚人
第2年度の基本方針と研究活動の概略
本研究も第2年度になったので、以下のような方針で臨むこととなった。
1.基本的には、前年同様に出来るだけ内閣の周辺に位置する人々からのヒアリングを続け、データ・情報の蓄積を図る。
2.第1年度に得られた情報や検討の成果を出来るだけ学会等で発表し、さらなる議論と研究の深化を図るように努力する。
3.可能ならば、フランスでのヒアリングと文献調査を行う。
こうした方針の下、かなり早い段階で学会での発表を2回行った。日本政治学会の年次大会と日仏会館主宰のシンポジウムである。特に前者は、本研究会のメンバーでもある坂本一登教授とともに昨年から計画していたもので、重要な発表の機会となった。パネル(「内閣主導のアナトミー」)を設置し、野中が「『内閣主導』概念の特殊性-歴史的展開と比較から見た日本の内閣制度-」というタイトルで報告を行った。前年来、2人の若手研究者との勉強会を継続してきた成果でもある。また、ほぼ同様な問題意識の下、5月には日本行政学会の年次大会において、共通論題「政権交代と官僚制」のセッションにおいて、「政官関係と政治的リーダーシップをめぐる英仏モデルと日本」という発表を行った。
これら2つの学会発表の主たる内容は、内閣制度の形骸化をめぐる経緯と実態を、他の民主国との比較を交えながら行うもので、本研究でのヒアリングから得られた情報が随所で活用されている。(ちなみに、ヒアリング時の約束として、個別の形では情報・データとして引用しないこととなっているため、論文に直接引用はされていない)
ヒアリングの実施状況としては、合計11回で、官房長官経験者1名、内閣官房副長官1名、内閣府政務官1名、民主党の政調責任者1名、その他、震災復興に関わった部署(総務省と防衛省)の事務次官1名、局長1名などである。また、偶然ではあったが、フランス大統領府での勤務経験のある外務官僚(フランス人)へのヒアリングも実施することが出来た。
研究成果と今後の課題
昨年度の報告書でも簡単に指摘した通り、わが国における内閣に関する研究は、実証面、理論面のどちらにおいても、必ずしも十分な蓄積がない。戦後の学界動向を見ても、行政官僚主導論に始まり、近年の官僚内閣制論に至るまで、行政府・官僚の影響力について指摘した研究はかなりの数に上るが、内閣についての研究はごく少ないままに推移してきた。むろん、その背景には閣議の形骸化という問題があったであろう。
しかし、今般のヒアリング作業で、いくつかの重要な事実が浮かび上がってきたと思われる。最も重要なのは、本研究のタイトルにもある通り、内閣を「システム」として組織し、運営するという側面についてである。日本では、この点での取り組みが決定的に欠落していると言って良いであろう。ヨーロッパにおける議院内閣制の諸国では、閣僚委員会(あるいは内閣委員会)がほぼ例外なく設置されている。若干のパターンの差はあるが、この仕組みは日本にはないだけでなく、少なくとも自民党政権時代には、ほとんど認識さえされていなかった可能性が高い。また、民主党への政権交代が起った後も、システムとして閣僚委員会を運営することはほとんど全くできなかったようである。今般の一連のヒアリングによって、政権の中枢にいた人々とその周辺の人々の両側からこの点を確認することが出来た。
今後の課題は、こうした状況についての総合的な把握とそれを基礎としたさらなる分析であり、可能ならばどうすればこうした状況を抜本的に改善できるのか、ということを考察することである。しかし、この問題は相当に根が深い。なぜならば、いわゆる政官関係の様々な要素が重なり合い、その帰結として政府の意思決定の仕組みが構築されるからである。従って、政治・政党、特にそのトップ層と幹部の行政官僚制との接点などに関わる突っ込んだ検討も必要になると思われる。
そうした検討を進めることによって、内閣・閣議と政府内の全体的な総合調整の仕組み、そして内閣の補佐機構のあり方、さらには首相のリーダーシップとの関係についてのさらに有意義な分析が可能になると考えている。
現在、本研究の成果を踏まえて2つの論文を準備しつつある。1つは既に政治学会において報告した論文を、その後の研究の進展を踏まえて書き改めた上で紀要(学習院大学法学会雑誌)に載せる予定である。もう1つは、政官関係と内閣・政府の統合力という観点から論述するもので、村松岐夫教授、稲継裕昭教授らとの共著・研究書という形で年末までを目途に出版する予定である。
(2011年9月)