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研究助成

成果報告

2010年度

西洋から見た日本屏風

東京大学大学院総合文化研究科准教授
寺田 寅彦

 本研究グループはメンバーの中核にパリ第7大学所属の文字図像学研究所のメンバーを据え、文字の歴史研究だけではなく西洋文学と西洋美術の比較研究から得られた知見で日本の屏風を分析することを目指している。特に今回の研究グループには文字図像学研究所外の日本文学や日本美術(特にジャポニスム)のフランス人専門家をメンバーに加えて、国際的かつ学際的な視点から屏風という日本文化をフランスという西洋の視点から分析する研究を進めた。
2010年度の研究において、本研究グループはアルファベット文化を持つ西洋文化圏にとっての日本の屏風の特異性を分析していった。日本の文化は、表意文字の漢字と表音文字の仮名という複数の文字形態が自由に交わる文字文化である。また言語の形態面から見れば、構成要素が助詞などの使用により自由な位置に置かれうる膠着語という柔軟性の高い言語であり、そのような文字言語文化を背景に持った日本の屏風は、折られたり、さまざまな位置から見られたりすることを前提とした、自由で柔軟性の高い複層的な美の可能性を持っている。
 一方で、アルファベットという表音文字文化と屈折語という極めて堅牢な言語形態上の構造を持った多くの西欧の言語は、名詞や形容詞の格に応じた変化や主語の人称や数に応じた動詞の活用のように、極めて厳格なカテゴリー区分とヒエラルキーに基づく配置を持つ堅苦しい論理性を言語文化として持っている。その精神がルネサンス期以降の伝統的な西洋絵画においても、真実らしさを表現する線遠近法に反映されており、ある一点からしか見ることができない論理的な空間を生み出した。
 このアルファベット文化ゆえの西洋芸術の論理的空間構築の呪縛が、日本の屏風の持つ美学の摂取に大きな妨げとなっていたことを、本研究は明らかにすることができた。ホイッスラー《ザ・ゴールデン・スクリーン》やティソ《日本の工芸品を眺める娘たち》のような作品の分析や、モーリス・ドニやピエール・ボナールといったナビ派の作品への考察が、日本屏風を西洋絵画空間に摂取することの困難を証明することとなった。
 2010年度の研究では、このような西洋文化圏の研究者の目で日本の屏風の独自性を探る試みが行われて一定の成果を挙げているが、まさに言語文化の違いゆえに画面に表現されている語りの流れの在り方にも日本の屏風の独自性があることが理解され始めた。平たい一つの画面に統一的にしか成立しない西洋絵画と異なり、日本の屏風はパネルが重なりながらも統一のとれた画面が自在に生み出されるように工夫されていることが多い。厳格な論理によって成立する西洋絵画という視点から分析することでより明らかになる日本屏風の可塑的な美の在り方と語りの独自性の分析が今後の課題となる。

(2011年9月)

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