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研究助成

成果報告

2010年度

囚人のディレンマの解決をめざして

大阪大学社会経済研究所教授
西條 辰義

 囚人のディレンマに関しては,政治学,心理学,社会学,経済学,生物学,コンピューターサイエンス,数学などの広範な領域で数千単位の学術論文がある.双方が協力すればよいのに簡単には協力をしない.協力しないことによって相手を出し抜くことが可能となるからである.一方,被験者実験では完全な協力は達成できないものの,1割から6割程度の人々は協力を選ぶのである.

 理論でも被験者を用いた実験でも協力が達成できる仕組みのデザインは我々の知る限り,未解決の問題であった.理論で協力を達成できる仕組みを考案しても,実験では被験者は必ずしも協力しないのである.

 そこで,アプルーバル・メカニズムを導入する.プレイヤーは第一ステージで協力か非協力を選択する.第二ステージで相手の選択をアプルーブするかしないかを選択し,両者がアプルーブするなら第一ステージで選んだ帰結となり,もしどちらか一方がリジェクトすると両者が非協力を選ぶときの帰結となる.従来のナッシュ系の均衡概念を用いると,この仕組みでは協力は必ずしも起こらない.ところが,実験を実施すると,ほぼ100%で協力が起こる.これを支える行動原理が Backward Elimination of Weakly Dominated Strategy (BEWDS)である.なお,アプルーバルの考え方は,我々が開発したというよりも,生物が数百万年単位で使ってきた仕組みである.オスとメスがつがいになるときの仕組みと同じだからである.

 上記の研究は,囚人のディレンマの解決は「たやすい」ことを示唆している.実際,企業合併の暗黙のルールにはアプルーバル・ステージが備わっている.二つの主体が協力の中身に関して合意しなければ合併はできない.また,二院制もこのルールを使っている.衆議院で協力の中身に関し合意ができれば,参議院はそれを是認するのである.一方,温暖化問題など人類が直面する多くの課題が囚人のディレンマだとする見方を多くの研究者がとっている.残念ながら,これらの問題は囚人のディレンマではない.協力の中身について,参加者が合意すらできないでいるからである.

(2011年9月)

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