成果報告
2010年度
理論と歴史の対話からみた東アジア安全保障と日本の課題
- 早稲田大学政治経済学術院教授
- 河野 勝
東アジアの国際関係は、域内相互依存・格差の一段の深化、中国の軍事的台頭、核拡散の可能性、新しい資源確保をめぐる競争など、冷戦時代にはなかった不安定化の要因を抱えているが、これらの要因がそれぞれどのように日本の安全保障に影響を及ぼすのかは、一概に明らかではない。そこで、本研究では、国際関係論における二つの学術的伝統、すなわち歴史研究と理論研究とを融合することで、こうした環境変化を総体的に把握・解明し、日本が直面する対外政策上の課題を明確にすることを試みた。貴財団から助成を受けた1年間では、以下のような成果が得られた。
第一に、メンバーによる研究会や外部講師を交えたセミナーを通じて、東アジアの国際関係を規定すると考えられる歴史的要因を網羅的にサーベイし、それぞれの重要性について討議した。その際、データに基づかない印象論的な解釈を退ける必要性が痛感された。そこで、客観的分析に資するべく、同地域の紛争や経済発展などに関する長期的トレンドのデータを体系的に整理収集することを行った。データは、研究代表者河野が所長をつとめる早稲田大学現代日本社会システム研究所のホームページで公開した。
第二に、2010年11月に開催した国際シンポジウムにおいて、日本の安全保障政策の現状と中国の軍事的台頭をテーマにしたセッションを設け、本研究の中心的な課題である東アジアの勢力バランスの変遷について、集中的な討議を行った。その際、マンチェスター大学から招聘したShogo Suzuki氏が、欧米の学界で展開しつつある東アジアの国際関係に関する最先端の学術論争を紹介した。しかし、河野は、その論争に触発されながらも、欧米の「文化主義」対「構造ネオリアリズム」という論争構図ではいずれにしても東アジアの国際関係の歴史を正しく把握したことにならないと確信する至り、後に、各国(とくに中国)の国家としてのアイデンティティを問い直す必要性を強調する論考を独自にまとめた。それは、メンバーによる研究会のほか、2011年3月カナダのトロント大学Munk School of Global Affairsにて発表された。
第三に、本研究を進める中で、日本においては、そもそも「安全保障」や「外交」といった概念を一般の人々がどう認識しているのかが、これまでまったく明らかにされてこなかったことが、学術的な課題であることが判明した。そこで、専門家のモデレーターを交えたいわゆる「フォーカスグループインタヴュー」という手法を用いて、人々が安全保障に対してもつイメージや認知のパターンを調査した。このインタヴューによって集められたデータの解析を進めていくことが、今後の課題である。
(2011年9月)