成果報告
2010年度
医療技術の浸透に関するポスト・プルーラリズム的学際研究
- 一橋大学大学院社会学研究科教授
- 春日 直樹
これまでの科学においては、医学を筆頭とする自然科学者がdiseaseを研究対象とし、社会人文科学者はillnessを研究対象とする、という二項対比が通念としてまかりとおっていた。私たちはこの因習的な二分法を突き崩そうと、10年近くにわたり研究を積み重ねてきた。従来、illnessと呼ばれる患者たちの経験世界は、実は医療従事者や研究者、技術者などとの相互作用をつうじて多元的な様相のdiseaseの一部として構築されている。問題とすべきは、患者・医療関係者を中心とするヒト・モノ・知識のネットワークがいかに共同作業的にdiseaseという実在を作り上げているかにある。
よって本研究は、一定度の医療知識を前提としながら、具体的には動脈硬化の診断と治療、医療機器ステントの開発、医薬品・医療機器の実験などを実証的に調査し、「自然」対「社会」の近代的な対比を越えて各事象の構築性を露わにすることに努めている。それは「自然の単一性」対「人間・文化の多様性」という伝統的な大前提そのものを打破し、むしろ「自然」「人間(社会)」の対比自体が異種混交性の内部でいかに生成するのか、「単一的法則」「多様的存在」という対比がいかにこれと節合していくのか、を解明する研究である。
こうした研究は2000年代から徐々に台頭してきており、本共同研究のメンバーは互いに国際会議やメイルをつうじて先端的な議論を重ねてきた。このたびサントリー財団からの助成によって、一同が東京に会することにより、直接的にあらたな論点が提起された。
1)ポスト・プルーラリズムの概念をよりわかりやすく整理する。
2)対象を医療技術以外へと拡張する。
いずれも研究の発展にとって必須のテーマであり、今後は世界の諸分野の研究者たちとの連携を広げながら、私たちの成果を集約して発信する手段としてEジャーナルをあらたに発刊する運びとなった。NatureCultureと称する雑誌を来年2月に発行するための準備を、現在進めている。
財団の助成を受けた研究成果は、その第一号に6本の論文として収録される予定であり、今後は各国の諸領域の研究者たちに参照され引用されるところとなる、と信じている。
(2011年9月)