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研究助成

成果報告

2010年度

翻訳概念と近代東アジア
― 国際関係と外交交渉を中心に

京都府立大学文学部准教授
岡本 隆司

研究の目的
 外交は今も昔も、異なる言語の間で行われるため、翻訳が必要である。交渉の場での意思疎通から具体的な事物・抽象的な概念の表現に至るまで、翻訳を経ないものはないから、それを通じて構成される対外関係や対外秩序も、翻訳概念でできあがっている、といえる。
 本研究はそうした対外秩序の構造を明らかにするため、異なる文明圏の国々が交渉したさい、たがいの認識や思想、あるいは行動様式などをいかに翻訳表現したか、その結果がいかなる事象を生み出したか、という問題を追究する。
 とりわけ19世紀東アジアの外交交渉を中心に、翻訳と概念形成の過程を具体的にあとづけ、それが現実政治に与えた影響を考察した。東アジアは古来より中国中心の漢字文明圏でありながら、このとき異なる言語・思考・文明の体系をもつ西洋が押し寄せ、わが近代日本の国家国民が西洋を「翻訳」するなかから誕生し、その文明全体を転換させた、という史実が厳存するからである。

研究の経過・成果および今後の課題
 研究期間中に都合6回の研究会を開催して、研究代表者・共同研究者によって以下の研究成果が報告、確認された。いずれも19世紀の歴史過程はもとより、20世紀の東アジア国際秩序の形成と推移にも、重大な関わりをもつ論点である。
・東アジア「近世」「近代」の国際秩序と翻訳の関係
・19世紀のロシア極東進出の行動様式と翻訳との関係
・日清修好条規の形成過程と条文解釈およびその日中関係への影響
・朝鮮半島の国際的地位、とりわけ「属国」「自主」「独立」概念をめぐる日清韓関係
「近代東アジア」の対外秩序に関するかぎり、以上でその輪郭は明らかになったものの、そこで用いられた概念や論理は、近代の東アジアにとどまるわけではない。そのため、すでにとりあげたロシアと関係が深く、また朝鮮半島・琉球と対比すべき検討対象として、チベット・モンゴル、さらにオスマン朝治下のバルカン諸国にも着目し、関連する研究報告を得た。
・モンゴル独立における「自治」「自主」「独立」の翻訳概念
・チベットに関わる「主権」「宗主」「属地」「領土」概念
・オスマン朝とルーマニア分離をめぐる宗主・付庸関係
・オスマン朝とギリシア・ギリシア正教の関係
以上の議論を通じて、近代の東アジアを東アジアだけで説明することの困難さをあらためて自覚した。そこで東西を一括してとらえて比較し、ユーラシア規模で世界秩序と国際関係の変容を考察し、そこでの翻訳概念の展開に関する研究をおこなう必要性を認識するにいたっており、その深化が今後の課題となる。
 以上のとおり、国際関係・外交交渉をめぐる近代東アジアと翻訳概念の関係には、ひとまず大づかみな見通しはついたけれども、その形成にかかわる動態的考察、あるいは、その特質をいっそう明らかにするための他文明圏との比較研究は、なお緒に就いたばかりである。今後はそうした研究をすすめ、また成果を公にしてゆきたいと思う。

(2011年9月)

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