成果報告
2010年度
戦後日本の経済外交の再検討
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高碕達之助関係文書を中心に
- 香川大学法学部准教授
- 井上 正也
1、研究の成果(進捗状況)
本研究は、「高碕達之助文書」を用いて、1950年代の日本の経済外交の展開を再検討することを目的としてスタートした。本研究では、第一に、未整理であった「高碕達之助」文書の調査・整理、第二に、当文書以外の高碕関係資料(インタビューをも含む)の収集、そして、第三に、研究会等による1950年代の経済外交の分析という3つの活動を実施した。
まず、「高碕達之助文書」の調査・整理であるが、劣化しつつあった史料に対しては長期に保存できる手立てを講じ目録を完成した(成果の一部としては、西住徹「高碕達之助」伊藤隆編『近現代日本人物史料情報辞典』第四巻[吉川弘文館、2010年]として発表済)。また、文書整理に加えて、高碕関係者約10名にインタビューを実施した。関連する外務省機密文書を情報公開法によって入手したことや、オーストラリア公文書館蔵の関連文書を入手することができたことも一つの成果である。最後に、研究会も開催し、高碕を育んだ「関西財界」の歴史につき優れた知見を得ることができた。
2、研究で得られた知見
本研究で得られた新たな知見は大別して3つに分けられる。第一に、1950年代の経済外交についてである。膨大な「高碕文書」の大半を占める海外企業との交信書簡の分析からは、外務省史料などの政府公文書では伺い知れない、企業間ネットワークの存在が浮かび上がる。こうしたネットワークの存在が、高碕を通じて、少なからず、1950年代の経済外交を動かす要素となっていたことが明らかとなった。第二に、高碕の外交構想についてである。従来から高碕は日中LT貿易や日ソ漁業交渉を主導したことで有名であったが、本研究によって、そうした高碕の対共産圏外交の背景には、実はより政治的な外交構想が秘められていたことが明らかとなった。中国との関係では、高碕は、反共的な米国下院に直接働きかけることで米政府の中国接近を促し、日中接近にとって好ましい国際環境を生みだそうと画策していた(その一部は、井上正也『日中国交正常化の政治史』(名古屋大学出版会、2010年)として発表済)。日ソ関係では、日米安保改定交渉の結果、日ソ関係が暗転する中にあっても、高碕が領土返還を目指した柔軟な対ソ交渉を試みていたことも明らかとなった。最後に、以上のことからも明らかなように、「高碕文書」のような私文書には戦後日本外交の理解を豊かにする優れた情報が満載されているという発見も、本研究を通じて得られた知見である。
3、今後の課題
最後に、本研究を通じて明らかとなった課題を2つ提示しておきたい。第一に、日本の経済外交の全体像を理解するためには、今後も、そこに携わった財界人たちの私文書の発掘が必須であるということである。本研究は、経済外交における企業間ネットワークの存在感を明らかにすると同時に、それと比して、戦後初期の外務省が意外に弱小であったことも明らかにした。したがって、戦後初期の経済外交を理解するには、一層の私文書の発掘・保存が急がれよう。その際、とりわけ、優れた財界人を多数生みだし、政治的にも重要な位置にあった関西財界の私文書は価値が高いと考えられる。
第二に、本研究が明らかにした高碕の外交構想をより深く理解するためには、それを、中国、ソ連、アメリカなど各国の指導者が「外から」どのように認識していたのかを知る必要がある。本研究では、周恩来が晩年まで高碕の功績を讃えていたという証言や、高碕が米国議員団の訪中につき中国から約束を取り付けていたという証言など貴重な傍証も得られた。したがって、今後は、そうした証言も手掛かりに、海外の史料を用いつつ、国際的な文脈の中で高碕の外交指導を捉えなおすことで、立体的に戦後経済外交を理解していくこととしたい。
(2011年9月)