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研究助成

成果報告

2009年度

グローバル化に伴うヒトの移動の新たな展開と海外日本人社会の変容に関する研究

東北大学大学院文学研究科教授
吉原 直樹

 グローバル化に伴って国境の壁が低くなるとともに、ヒトの移動が国民社会内のできごとからボーダレスなできごとへと変容している。そうしたなかで国家の意思と国家を越えて外とつながろうとする個人が激しくせめぎあい、越境的なネットワークとさまざまな移民コミュニティがみられるようになっている。そしてこれまで移民コミュニティに色濃くみられたナショナリティ志向にも変化が生じている。
  移民に関していうなら、日本の海外への進展とともにあった「国策移民」とか企業移民はもはや主流ではなくなっている。むしろオールタナティヴな生き方を海外にもとめる「ライフスタイル移民」が目立つようになっている。とりわけバリでは、こうした「ライフスタイル移民」が日本人社会において多数派になりつつある。本研究では、「ライフスタイル移民」の存在形態とかれらが日本人社会にもたらすインパクトを解明するために、バリ日本人会のメンバーにたいする「意識と行動」に関するアンケート調査とヒヤリング、さらに関連資料の収集をおこなった。その際、アンケートとヒヤリングに関しては、調査項目を「バリ居住以前」、「バリ居住後」、「バリでの今後」さらに「基本属性」に分け、三つのカップリングタイプ(「日本人女性×インドネシア人男性」、「インドネシア人女性×日本人男性」、「日本人女性×日本人男性」)毎に「意識と行動」の特性を浮かびあがらせようした。
 調査自体はヒヤリングを一部残した未完のものであるが、現在までのところで明らかになったのは、来住時期が「90年代以前」層、「90年代」層、「2000年以降」層では、前者ほど「モデル・マイノリティ」志向が強く、またそれだけ「ナショナリティ」志向も強い。逆に後者ほど「脱ナショナリティ」志向が強い。そして総じていえることは、日本人社会がポスト「文化的エンクレイブ化」しつつあることである。メディア利用の局面では、上記の三つの層、さらの三つのカップリングタイプを貫いて著しく複層化し多次元化している。主流メディア、ディアスポラ・メディア、グローバル・メディアが激しく交錯している。日常使用言語でも多言語化している。しかし他方で、接触情報メディアの世代間格差、出自国化が著しくすすみ、ポスト「文化的エンクレイプ化」と相まって、一部日本人の落層化をうながしている。
 さらに現時点で明らかになっていることは、本調査で主対象とした日本人会がもはや日本人社会の中心ではなくなっていること、換言するなら「周辺化」しつつあることである。
そしてそうしたなかで、現在、バリの「ライフスタイル移民」の中心をなしていると考えられるリタイヤ層から少なからず「棄民層」が析出される惧(おそ)れがあるということである。もちろんこれらの点は、現在進行中のヒヤリング結果を仔細に分析することによって明らかにされるであろう。幸い、今回の調査は、今年度からはじまった科研費海外研究(B)に引き継がれており、近い将来、より豊かな成果が期待される。
2010年9月
(敬称略)

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