成果報告
2009年度
芸術と地域社会
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日本とアジアとの比較研究
- 大阪大学大学院人間科学研究科特任研究員
- 吉澤 弥生
グローバル化に伴い、これまで育まれてきた地域固有の文化や風土が失われつつある中、地域におけるアートプロジェクトが日本各地に広がっている。地域産業の活性化や観光、美術教育や美術館の普及事業など、目的も内容も様々だ。そんななか注目すべきは、明治期に欧米より輸入された「芸術」概念、また美術館や市場という既存のシステムに収まらない形で、社会と直接に関わり表現活動をおこなうアーティストが出現していることだ。現在、日本だけでなくアジア各地にも見出せるこうした活動は、地域に根ざす知恵や技、価値観、そして潜在する歴史を再発見するだけでなく、関わった人自らがその文化を涵養し、持続可能な地域社会を創成するために必要不可欠な営みといえよう。
本研究は、欧米の芸術とは別のルーツに関わるこうした芸術活動の可能性を探究すべく、日本とアジア各地の事例を調査するものである。研究メンバーは、社会学をはじめ地理学や人類学の若手研究者と、キュレーターといった現場の実践者から構成されており、研究とアートプロジェクトとを往還させつつ深化させていくことを目指している。また、このテーマを掲げた背景には、2006年度「アートプロジェクトの事例に基づく文化事業評価のあり方」、2007年度「現代社会におけるパブリックアート」の各研究助成を受け、大阪の事例の参与観察と欧米の事例調査をすすめるなかで、現代の日本の芸術の現在と未来像をとらえるためには、欧米とは別の文脈、なかでもアジア各地の芸術のあり方をふまえる必要性を確認したという経緯がある。
今年度は、大阪(「水都大阪2009」での「水辺の文化座」、ブレーカープロジェクト)、福岡、北九州、別府、そして越後妻有でのアートプロジェクト調査と平行して、文献調査とアジア美術の専門家へのインタヴューをおこなった。そこでは、韓国や中国、台湾、バングラデシュ、マレーシアのさまざまな地域における芸術のあり方―暮らしの中の多様な表現、またそれらが「現代アート」と名指される過程のコンフリクト、またグローバル市場のなかの「アジア美術」の現状とそれらをとりまく政治情勢、階級や貧困といった問題の存在も明らかになった。そしてこうした成果をふまえ、調査先を東アジア(台湾、韓国、中国)に絞り、そのなかから2010年5月に台湾(台北、台中)での調査を実施した。そこでは、都市の再開発事業に組み込まれた現代アートと、そのなかでも自身の表現(ときに政治的表現)を貫こうとするアーティストの活動や、市場の空き店舗を改装しギャラリーにする草の根のプロジェクトの調査を実施した。
そして7月には「流れ出るアート -場所とアートについての4人の発言、その先へ。」と題したラウンドテーブルを開催し、各地でアートプロジェクトを手がけるプロデューサーや学芸員の方々とともに、3時間にわたって「地域に根ざしたアート」のあり方について話し合った。来場者は約80名と盛況で、あらためてこうしたテーマへの関心の高さが伺えた。
今後は引き続き東アジアに調査に向かい、その地域に根ざした知恵、技、価値観の表現としての芸術のあり方を考察することで、欧米の「芸術」制度や市場の枠を超えた表現の可能性を探るとともに、地域に根ざしたアートプロジェクトの実践に活かしたいと考えている。
2010年9月
(敬称略)