成果報告
2009年度
メディアイベントとしての「ジェンダーフリー論争」と「男女共同参画」の未来
- モンタナ州立大学社会学・人類学部助教授
- 山口 智美
本研究では市民運動とコミュニケーションメディアとの関わりの一つの事例として日本の男女共同参画政策の現状や、フェミニズムと保守運動との係争に関し、「ジェンダーフリー」という言葉が「発見」された1995年から現在に至る歴史を、コミュニケーションメディアとの関わりという視点から検討し、ネットが市民運動や社会変化に果たす影響について、2008年度から2年間にわたって調査を行った。とくに2009年度は、フェミニズムと保守の係争についてとくに注目を集めた地域にでのより深いフィールド調査(関係した方々へのインタビュー取材、参与観察、文書、チラシなどの関係資料の収集など)を行い、同時にインターネットやマスコミ、ミニコミの内容についての分析を続行した。さらに、保守運動の団体いくつかに焦点をあて、実態に関する基礎情報をおさえるべく調査を行った。 また、フェミニズムや保守運動に関して、ネットの機能や効果、マスメディアの絡み、ウェブ空間の社会運動などのテーマで研究会を開催し、分析を行ってきた。
2009年度の主な研究活動と成果としては以下が挙げられる。1)外部講師を招いた研究会を計4回、研究チーム内のミーティングを計5回開催した。そこではミニコミからネットへの流れと市民運動の歴史をレビューしつつ、ML、ブログ、SNS(mixi、twitter等)などの多様なインターネットメディアの利用から生じた可能性と問題点を論じた。また、フェミニズムなどの市民運動がウェブに進出することで新たに生じた様々な課題とネットの公共性に関しても発表や議論を行った。2)男女共同参画条例の設置をめぐってとくにフェミニズムと保守派の係争が目立った、宮崎、山口、大阪や千葉の各地で関係者へのインタビューなどの実地調査を行い知見を蓄積した。3)「フェミニスト」としてマスコミやネットなどで批判の矢面に立たされてきた女性学者や運動家らへの取材を行った。4)フェミニズムに対する「バックラッシャー」であるとして批判の矢面にたたされた議員、運動家らに取材を行うとともに、男女共同参画に反対する立場にたつ運動家やジャーナリスト等にメディア利用等に関して取材を行った。5)保守運動に関する調査に力をいれ、既存の保守団体のみならず、新たに草の根的に勢力を伸ばしている実践系団体や、ネットメディアを積極活用する保守運動などについて、東京、愛知、富山などで参与観察、インタビュー調査、資料収集などを勢力的に行い、研究会でも議論を重ねた。
当プロジェクトの経過報告は「フェミニズムの歴史と理論」サイトおよび「グローカルフェミニズム研究会」ブログにて随時発信した。また、研究成果は学会などで随時発表しており、日本語、英語の論文数本を執筆中である。90年代以降のフェミニズムの歴史的な背景と男女共同参画の関わりをまとめる書籍も現在執筆中であり、勁草書房から発行予定である。
研究の結果得られた知見は多岐にわたるが、フェミニズムと保守運動の係争をめぐっては、フェミニズム、反フェミニズム双方のネット、メディア利用と情報伝達にそれぞれ課題があり、特定の個人およびグループに対する排除などを表現しつつ集団的盛り上がりが形成される傾向があることがわかった。そして「保守」とよばれる人々への対面調査を行うことで、これまで女性学、ジェンダー研究で論じられてきた「バックラッシャー」像が、実は実態を反映しているとはいえないことがわかった。また、男女共同参画をめぐる係争の状況については、これまで調査研究が十分ではなかったが、それぞれの地域ごとに複雑な様相がみられることが明らかになった。男女共同参画条例をめぐる地域の動きに関しては、マスコミやネット発信により全国的に集中的に取り上げられた情報と、地域を実地調査した実態との乖離もみられ、メディア報道の偏りなども浮かび上がった。
研究期間であった過去2年間の間に、twitterなどの新たなツールの利用も広がり、電子出版なども現実のものとなって広がりつつある。そんな中、「男女共同参画」や「ジェンダーフリー」をめぐる係争においては、フェミニズム運動側の利用するメディアの範囲が狭まったり、公共性やインタラクティブ性に欠けるなどの傾向が浮かび上がった。逆に保守側は、ネットやミニコミなどを活用し、とくに公共のネット空間でのインタラクティブ性を使い、それをマスコミ報道につなげ、社会への影響を与えるという方向性をとった。そして、それらのネットやメディア媒体における発信は、外部への発信をとくに意識した、いわば「パフォーマンス」的なコンテンツづくりや編集もなされていたが、そのために過度に大げさだったり、デマと捉えられるような情報が流され、拡大していくこともあった。
このような発信状況の差異を背景に、フェミニズムや保守が異なるメディア空間の中でそれぞれ一方的に批判を展開することとなり、ヘイトスピーチ的な言説の増加も顕著になるなど、異なる立場間の相互対話が成り立つのは困難な状況であったことが判明した。
今後の課題としては、以下の3点があげられる。1)ネットを積極活用する新しい保守運動と、そのメディア活用についての研究についてより調査をすすめていく必要がある。ネットにおけるヘイトスピーチ言説の増加というマイナスの側面も生じているため、当研究チームで今後、さらなる研究をすすめていく予定である。2)電子書籍など、新たなツールが開発され広がる中で、運動体の今までのニュースレター、ミニコミ配布などのあり方も変わってくることが予測される。今後もこのような市民運動における新しいツールの役割、およびそれによる市民運動のあり方の変容に関しては研究を続けていく必要があるだろう。3)「男女共同参画」「ジェンダーフリー」だけでなく、国籍、民族、セクシュアリティなどに関するさまざまな「バックラッシュ」的な運動や言説が繋がっていること、それらの言説にフェミニズム的言説が複雑に関わり、一部では保守運動に利用されていることやその影響などについても注視していく必要があろう。
2010年9月
(敬称略)