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研究助成

成果報告

2009年度

明治期の技芸(工芸)技術活用によって創出された京都七宝が果たした役割に関する共同研究

京都造形芸術大学日本庭園・歴史遺産研究センター嘱託研究員
武藤 夕佳里

■研究で得られた知見
 京都七宝や尾張七宝に代表される日本の近代七宝は、明治期の欧米諸国において高い評価を受け、多くの七宝が海を渡った。七宝家・帝室技芸員・並河靖之(1845-1927)はその中心的な人物であり、京都七宝の担い手であった。しかし、近代七宝研究の現況は、人物や作品に関する断面的な研究があるのみで、特に京都七宝の全容はつかめていない。
 そのため、本研究は明治期の京都で興隆し短期間に急激な発展を遂げた京都七宝に着目する。技芸(工芸)技術の近代化の過程を明らかにし、従来の手仕事によるものづくりが、新たな技術の導入や産地の生産体制構造を再編することにより、創出した地域の地場産業が果たした役割を明らかにしようとするものである。
 本年度は、前年度から行ってきた並河靖之七宝記念館(日本・京都)、V&A美術館(英国・ロンドン)、リバプール国立博物館(英国・リバプール)、アシュモリアン博物館(英国・オックスフォード)にて所在の確認ができた並河靖之に関わる七宝作品調査を踏まえ、前年度の調査した資料の整理と調査内容の検証と考察に重点を置き研究会を重ねた。
 新たな作品の調査についても継続し、東京国立博物館、宮内庁三の丸尚蔵館にて七宝の調査をし、更に並河靖之七宝記念館の所蔵する七宝下図についても、現存する作品との照合の可能性を探るため調査を行った。また、同館は往時の並河家を来訪した外国人の名前が記載された芳名録を所蔵していることから、研究会では同資料の有効性を検討し、同館の協力を得て芳名録の翻刻と翻訳に着手した。
 こうした研究会活動の一方で、研究代表者は近代七宝や近代の京都のものづくりと生業に関する研究を主に近代技芸技術研究会にて行っている。更に、研究の新たな着想を得るために、七宝資料の所在調査、書誌資料等を収集するための調査、異分野の研究者との研究会も積極的におこなった。
 本研究を通じて、改めてより充実した日本の七宝研究が待たれている事を痛切に実感した。英国のみならず諸外国には、未確認の日本の七宝が多く存在し、中国の七宝とともに埋もれたままになっている実情があり、これらを掘り起こすための基準を整えるためにも、まずは並河靖之作品を中心とした京都七宝に関する研究が重要である。それにより、国内はもとより海外も含めた日本の七宝研究に関するネットワークが広がると確信する。

■今後の課題
 本研究は、伝統技術の近代化を積極的な視座を持って評価するという着眼をもって、総合的な七宝研究を行う事を目的としているが、その途はまさに始まったばかりである。京都七宝の解明は、日本においての七宝をはじめとした近代技芸(工芸)の再評価の必要性が急がれる事を切に実感させられるものであり、従来の概念から一歩踏み出した、美術・工芸史、あるいは近代の美術といった分野にとどまらない、歴史学や経済学、産業史、文化財保存科学をはじめとした諸分野の視点をまじえた検証と考察が必要であり、海外研究者との交流も含めた国際的規模の研究の環境が必要であるとも実感する。
 この度の研究で得られた大きな成果を今後の研究活動に活かし、日本の七宝研究に近代工芸産業史としての視座を開き、国内における総合的な七宝と国際的な視野に立脚した日本の七宝研究、七宝史の確立を行っていきたい。
2010年9月
(敬称略)

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