成果報告
2009年度
観光立国時代の地域づくりとミュージアムの役割
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カルチュラル・ツーリズムの課題
- 兵庫県立歴史博物館館長
- 端 信行
本研究では、カルチュラル・ツーリズム、なかでもミュージアムを主な対象とする観光現象に着目し、国内の事例にあたりながら観光集客とミュージアム、観光と地域、ミュージアムと地域の関係性について調査研究をおこなった。その結果、肯定的な知見がえられたが、いくつかの課題も浮かび上がった。
1. 現代的なカルチュラル・ツーリズムがわが国において定着化しつつあり、今後さらに発展していくであろうことが、長野県小布施町、瀬戸内の直島町(直島)、鳴門市、その他の事例の分析結果および旅行商品の実態などによりあきらかになった。旅行商品に含まれるミュージアム見学を楽しむという偶発的、一過性のものではなく、継続的、意識的にミュージアム鑑賞を楽しむという行動形態をもつカルチュラル・ツーリストがわが国においても成立しており、社会的、経済的環境変化のなかでその傾向が一層強まっていくことが予見される。そのような流れのなかで、ミュージアムは観光地におけるメニューのひとつではなく、観光目的の中心となる力をもつとの評価が定着していくと考えられる。
2.カルチュラル・ツーリズムの発展にともない、地域におけるツーリズム資源としてのミュージアムの役割にたいする認識は、ミュージアムおよびツーリズムの双方において強まっている。ミュージアムの本来的機能を果たすことは勿論のこと、公立、民営を問わずその運営費用および再生産のための資金確保が重要な課題となるなかで、カルチュラル・ツーリズムへの対応はミュージアムにとって重要性を増していることはあきらかで、それはICOMのミュージアムとカルチュラル・ツーリズムにかんする提言(2000年)に代表されるように世界的な流れともなっている。一方、経済的閉塞状況を打破する方策として、国および地域においては観光に対する期待が拡大しているが、地域社会、経済が期待する観光はもはや従来型のそれではなく、観光者と地域とのコミュニケーションおよびホスト・コミュニティによる収益への参画とを実現するものである。私立ミュージアムだけでなく、沖縄県立博物館美術館、静岡県立美術館などの公立ミュージアムにおいても、観光集客との連携を明確に意識する例がみられる。とくに静岡県立美術館では、「館長宣言」としてそれを明言し事業評価の尺度のひとつとするなどの手法により一定の成果をあげている。ミュージアムは、観光集客だけでなく地域産業、地域社会にとっても、ランドリーがいう問題解決力およびコミュニティをエンパワーメントする大きな力を秘めた資源であり、他の観光集客資源とは異なる性質、機能を発揮することにより、短期的な経済効果に加えて長期的な創造的、教育的効果により地域を変えていく重要な文化的社会資本であることが指摘できる。しかし、ミュージアム経営の持続性と発展のためには資金、運営面の課題が横たわっている。その克服には企業や市民によるメセナなどの制度の整備拡充、集客による外部経済を評価する地域の支援体制拡充のほか、ミュージアムによる地域への接近などが求められる。また集客のためにはミュージアム同士および他の集客施設とのネットワーク活用、集積形成が重要な因子となると考えられる。
3. 新たな観光開国時代の到来、ミュージアムに対する期待の増大という環境下にあるわが国において、本研究テーマの意義はきわめて大きいと言わざるを得ない。カルチュラル・ツーリズムはミュージアムの維持、発展にとって重要な意味をもつであろうし、都市・地域の発展と経済構造変化を促す要素のひとつとなりうる。そのためには、観光資源としてのミュージアムの第三者による評価の制度化、ミュージアム経営の基盤確立などが今後の課題となる。したがって今後は、本研究の成果をもとに、(1)ミュージアムの集客効果の実証研究、(2)ミュージアムと地域との新たな関係性構築の方策と効果、(3)文化による地域づくりの効果、の諸研究を進める計画である。
なお、本研究によりこれまで得られた成果は、メンバーがそれぞれ所属学会での発表および学会誌あるいは所属機関の論文誌に発表する予定である。
2010年9月
(敬称略)