成果報告
2009年度
世界通貨危機以後の世界
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国際政治・経済シミュレーション分析による接近
- 大阪国際大学現代社会学部准教授
- 瀬島 誠
プロジェクトの目的
この研究プロジェクトは,国際的な政治・経済の複合的現象について,コンピュータ・シミュレーションを用いて,分析と予測を行うことを目指すものである.2008年の世界金融危機以降,世界情勢とその中でのアメリカのパワーの行方について不確実性が高まっている.特に重要なものとして本研究プロジェクトが注目するのが,(1)ドルを基軸通貨としてきたグローバルな金融・経済システムが今度どうなるのか?(2)アメリカ一国支配と言われてきた世界システムは今度どのような方向に進むのか?という2つの問題である.
本研究プロジェクトは,政治情勢と経済情勢が複雑に絡み合い相互に影響し合っている基軸通貨とグローバル政治経済システムについて,シミュレーションモデルを構築して分析を行い,そのダイナミクスと明らかにする.その上で,そのモデルと分析を基に,将来の金融システムとグローバル政治経済システムについて,どこまで予測を行うことができるかを検討するものである.
進捗状況と知見
本プロジェクトメンバのうち,田所は,国際政治経済学の専門家として従来より通貨問題とグローバル政治経済システム問題に理論的に取り組んできた.2009年11月に開催された日本国際政治学会の年次大会おける田所報告(”The US Hegemony and Roles of Dolors in a Historical Context”)が示すように,ユーロや元が基軸通貨としてのドルにとって代わる条件は未だ不十分である.ユーロは現在,ヨーロッパ連合域内の経済問題を抱えているものの,元は好調な中国経済に引きずられ,次第にその地位を高めようとしている.中国国境周辺国での元の流通に加え,2010年8月には,課題であった元のオフショア市場が不十分ながらも次第に整備されつつあることは注目される.
グローバルな政治・経済問題についてのシミュレーション研究を共同で行ってきた経験を持つ,江頭,藤本,八槇,瀬島が,基軸通貨とグローバル政治経済システムについてのシミュレーションモデルを構築し,シミュレーション分析を行うことをめざした.この4名は,科学研究費補助金(基盤研究(S))『グローバル公共財としての地球秩序についてのシミュレーション分析』(研究代表者:京都大学大学院経済学研究科・吉田和男教授,平成17年〜平成21年)に参加して政治経済の複合分野に関する共同のシミュレーション研究を行ってきた.
基軸通貨モデルについては,主に,江頭と藤本が,基盤研究Sの際に開発したシミュレーション環境GPGSiMを使用し,データの収集とモデル作成を行った.現在のモデル試行による知見としては,(1)基軸通貨ドルの体制は容易には崩れないこと,しかし,(2)長期的に中国の経済力がアメリカを追い越すような状況を想定し,元が国際通貨としての要件を備えるようになると元が基軸通貨になるというシナリオもあり得る,というものである.
グローバルモデルについては,主に,八槇と瀬島が,モデル作成とデータ収集を行った.グローバルモデルの基礎として注目したのが,ニューラルネットワーク,隠れマルコフモデル,サポートベクタマシンで,検討の結果,サポートベクタ―マシンを採用することとなった.サポートベクタマシンについての,仮データを用いた試行を終え,現在,モデルの検討とデータの収集を進めている.
成果報告と今後の課題
以上の研究については,2010年8月2日に,グランビアホテル京都において,グローバルな政治・経済の専門家を招請して,報告会と意見交換会を行った.そこでの意見交換を踏まえて,2010年度に開催される学会などで報告を行う予定である.
本プロジェクトが始めたモデルはまだまだ初期段階のものであり,更なるモデルの検討とデータ収集が必要である.研究課題がスペシフィックであるために,シミュレーションモデルにはある程度の現実との整合性が求められるが,そうなると,国家機密などの関係で必要なデータについての各国の公表が不十分となる.このモデル現実化とデータの二律背反性を解決しなければならない.サポートベクタマシンはその問題を解決いる一つの方法であり,基軸通貨モデルへの適用も試行している.
2010年9月
(敬称略)