成果報告
2009年度
米韓比較研究によるインターネット選挙運動の発展メカニズムとその展望
- 明治大学情報コミュニケーション学部専任講師
- 清原 聖子
本研究では、昨年秋の政権交代以降のネット選挙解禁に向けた日本政治の動向に鑑みて、米韓2カ国の比較にとどまらず、先進的なアメリカ、韓国の状況を把握することから、来るべきネット選挙の解禁に向け、日本の進む方向まで広げて検討してきた。アメリカの大統領選挙では2008年の民主党バラク・オバマ候補のインターネットやソーシャルメディアを活用した選挙運動が記憶に新しい。一方、韓国は、2002年の大統領選挙について「インターネットが大統領を作った」と評されるほど、ネット選挙が早くから花開いた国である。米韓両国の事例が大統領選挙であることから、議院内閣制の日本の場合、そのまま参考にならないのではないか、と思われるかもしれない。もちろん、各国で選挙運動にネットがどのように利用されているのか、という問題の背後には、党の公認候補の決定プロセスや資金調達の仕組みなど選挙制度や政治体制の差異に起因する特徴が存在する。しかし、そうした法制度の枠を超え3カ国に共通する点もある。その一つが、急速に進むブロードバンドや携帯電話の普及、そして、YouTubeの動画やツィッターなどソーシャルメディアの利用拡大である。これら情報通信技術の普及は、3カ国に共通して様々な局面でソーシャル・イノベーションを引き起こしている。また、もう一つ重要な点は、世界に広がる「選挙のアメリカ化」という考え方である。現在異なる選挙制度を有する国々で、インターネット選挙の先進的なモデル国家であるアメリカ型の選挙運動というものが模倣されつつある。そこで本研究では最終的に、選挙制度や政治体制の差異に留意しつつ、米韓の先進的な事例研究を比較することから、ネット選挙の在り方を相対化し、日本におけるネット選挙の将来像を描き出すことを狙いとして、書籍の出版という形で成果を発表することとした(2010年12月下旬、慶應義塾大学出版会より出版予定)。
インターネットの選挙運動における利用について2カ国以上の国を対象に比較した学術研究書のほとんどは、英語で執筆されている。その一つの要因は、アメリカがネット選挙の先進国であることにあるだろう。2008年のワード、オーエン、デービス、タラスらによる12カ国の選挙におけるインターネットの利用に関する比較研究でも、アジアの国からはシンガポールとインドネシアが入っているものの、韓国や日本は対象にされていない*。しかしそれでは、公職選挙法でインターネットの選挙運動への利用が禁止されている日本はともかく、いち早くネット選挙が花開いた韓国を比較対象に含めないことは画竜点睛を欠くと言えよう。それに対し、本研究では、ネット選挙の国際比較研究が韓国や日本を含めたものが少ない中で、米韓比較を軸に日本のネット選挙の未来の姿まで論じようと意欲的に取り組んでいる点が特徴的である。また、本研究の成果は、日本で初めての本格的な比較政治コミュニケーション(comparative political communication)の実証的な研究書という点でも非常に価値があると言える。
今後の課題としては、ネット選挙の姿は技術発展や制度設計により変化することから定点的観測が不可欠であると考えている。とりわけ日本で現在選挙運動をめぐる制度改革が行われようとしていることから、制度改革後の日本の総選挙と、2012年に行われる米韓大統領選挙の3つを事例研究として、3カ国の状況を分析することが必要である。本研究にとっては、3カ国に共通する技術発展と日本の選挙制度改革、それらがどのようなファクターとして数年後の3カ国のネット選挙の様相を左右してくるのか、それを再び観測することが次の課題である。
* Stephen Ward, Diana Owen, Richard Davis, and David Taras, Making a Difference: a Comparative View of the Role of the Internet in Election Politics, (MD, Lexington Books, 2008).
2010年9月
(敬称略)