成果報告
2009年度
北アメリカにおける先住民アートの成立と歴史的展開に関する学際的研究
- 国立民族学博物館教授
- 岸上 伸啓
北アメリカの先住民アートは、イヌイット・アート、北西海岸先住民アート、それ以外のアメリカ先住民(インディアン)アートに大別できる。本研究プロジェクトでは、カナダ・イヌイットの石製彫刻と版画、カナダの北西海岸先住民の木製彫刻と版画、合衆国のズニのジュエリーを研究対象とし、それらの歴史を前史、成立、展開、現状の4期に分け、制作工程と技術、制作者、仲介者、博物館・美術館、アート市場に着目しながら比較検討した。この比較検討を通して、北アメリカの先住民アートの生成の過程と、先住民社会やアート界におけるその社会的、文化的、経済的な意義を解明するとともに、先住民アートの世界のアート界への影響についても明らかにしようと試みた。
本プロジェクトは、研究会と現地調査、文献調査を核として実施された。研究会に関しては3度開催し、イヌイット・アートの歴史的展開とズニを中心とする合衆国先住民アートの歴史的展開を議論するとともに、先住民アートの比較をおこなった。現地調査については、カナダ北西海岸を重点地域と設定し、先住民アーティストの版画制作の状況、内容、技法、作品の著作権について調査を実施した。これらの研究活動と並行して、アート関連の文献目録のデータベース作成を行った。
本プロジェクトによる研究成果は、以下の通りである。
(1)北アメリカ先住民アートの大きな流れは、イヌイット・アート、北西海岸先住民アート、それ以外のアメリカ先住民(インディアン)アートに大別できるが、最後のカテゴリーはさらにカナダ中東部の先住民アーティストのウッドランド派、ズニやナバホ、ホピなどに代表されるアメリカ合衆国南西部地域の先住民アート、それ以外へと分類することができる。民族を超えた先住民一般を表象する絵画やパフォーマンスも存在する。
(2)ヨーロッパ人による植民地化は、先住民文化を大きく変容させた一方で、接触を通して新たな先住民アートを生み出していった。北アメリカ先住民は先史時代から独特な制作技術やモチーフ、図像を培ってきた。制作技術やモチーフ、図像などにおいて過去の遺物と現在の先住民のアート作品との間にかなりの連続性や類似性を認めることができる。
(3)北アメリカ先住民アートは観光お土産品や工芸品から展開した点では、ほぼすべての先住民グループに共通しているが、アート媒体が伝統的なものか新奇なものかという相違が存在している。たとえば、北西海岸先住民のトーテムポールや仮面は伝統的な継続性を特徴とするが、イヌイットの版画などは表現媒体自体が外部社会から持ち込まれたものである。
(4)北アメリカ先住民のアートの展開と普及において連邦政府の支援が極めて重要な役割を果たしてきた。また、先住民とアート市場を仲介するミドルマンの役割が大きかった。現在では、美術館や博物館の専門家の役割が大きい。
(5)先住民アートの作品の流通については、組合を設立し、それを窓口として作品を流通させるタイプと作家各自が作品を画廊に持ち込むタイプが存在している。近年は、インターネットの普及によって作家が直接、コレクターに販売する場合が出はじめている。
(6)特定の作家や先住民グループの図像やモチーフが第三者によって模倣されることが発生している。とくに、アメリカ合衆国南西部先住民のジュエリーのコピーが、アジアやメキシコなどで大量生産され、販売されているという問題が発生している。先住民アーティストの作品をめぐる知的財産権や著作権が現在、大きな問題になりつつある。
(7)現在の北アメリカ先住民アートでは、媒体の多様化が見られ、伝統的な媒体とともに、ガラス、楽焼、のれん、PCなどこれまでには見られなかった媒体を用いて作品が創り出されている。また、民族アート志向と普遍的アート志向が共存している。
(9)歴史的に見ると、先住民にとってアート制作や作品は、現金収入源になるとともに、文化的アイデンティティの確認の手段として、また、先住民文化を外部社会へ表出する手段として重要な役割を果たしてきた。また、イヌイットの石製彫刻のように民族の象徴として使用されるのみならず、カナダ国家の象徴として政治的に利用されるような場合がある。
以上のような結果を踏まえて、今後の課題を2つ提示したい。ひとつめは、今回十分に解明できなかった「北アメリカ先住民アートが世界のアート界に及ぼした影響とはいかなるものか」という問題の解明である。ふたつめは、北アメリカ先住民アートをオーストラリア先住民アートなどほかの先住民アートと歴史的に比較し、共通性と差異を抽出することである。
2010年9月
(敬称略)