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研究助成

成果報告

2009年度

南方熊楠の環境思想・環境保護運動と彼の植物・生態学研究との関係性の検証

京都工芸繊維大学環境科学センター准教授
岩崎 仁

 近代日本の先駆的エコロジストとされる南方熊楠の環境活動は、緻密な「自然観察」をベースとしている。
 南方は、森羅万象を探求して得られた生物と環境の相互関係データを優れた記憶力の頭脳に蓄積したが、近代的科学研究として総括することはなく、また研究成果として発表することもほとんどなかった。しかし、それらのデータは適切に取捨選択され、これに和漢洋を問わない南方の「博物学的知識」が加えられて、時々の目的に沿って応用されている。彼の代表的な環境・自然保護運動である神社合祀反対に際して書かれた松村任三東京大学植物学教授宛書簡、いわゆる『南方二書』は、応用の代表的な例であり、キノコ、淡水藻、コケなど当時はあまり見向きもされなかった隠花植物をも引用して記述したユニークな内容となっている。
 それらの記述の根拠となった熊野における菌類(特にキノコ)や淡水藻の精力的な調査は、残された標本資料の採集情報データを整理したことによって裏付けられた。具体的には、国立科学博物館所蔵の南方熊楠コレクションのうち、変形菌標本約6,000点および菌類図譜資料約3,500点の採集情報データベースを整形し、田辺およびその周辺における熊楠の採集調査の足跡を追求した。その結果は、和歌山県田辺市南方熊楠顕彰館第9回特別企画展「南方熊楠の自由研究-キノコと変形菌‥」(平成22年7月28日〜9月23日)の「熊楠は、どこで植物採集したか?」のコーナーで公開されている。また、この特別企画展では、先に国立科学博物館で開催された特別展「菌類のふしぎ」(平成20年10月11日 〜 平成21年1月12日)で展示されたキノコ資料を利用して、南方菌類図譜に収載された多数の興味深い菌類を展示、紹介している。この展示準備において、菌類図譜に和名・学名未記載のまま収載されていたキノコが日記との対照によってフクロツチガキGeastrum saccatum (Fr.) Fisch.であることが確認できたので、このエピソードをまとめて「熊楠ワークス」に投稿した(in printing)。
 他にフィールドワークとして、田辺湾神島(かしま)のおやま及びこやまの現状調査をおこなった。南方はこの島を1911年の柳田国男宛書簡中で「実に世界に奇特希有のもの多く、昨今各国競うて研究発表する植物棲態学ecologyを、熊野で見るべき非常に好模範島なるに‥」と紹介している。また晩年になってこの島の天然記念物指定運動に力を入れ、1934年には彼自身が指揮して全島に渡る主要樹木調査を実施した。今回はGPSを用いて主要な樹木の正確な位置を測定して地点を記録し、おやまでは61本、こやまでは6本、合計67本を測定した。その内訳は、ムクノキ11本、ハゼノキ10本、クスノキ10本、イヌマキ9本、タブノキ7本、エノキ6本、ウバメガシ3本、モチノキ3本、ヤブツバキ2本、カゴノキ2本、モッコク1本、ヤブニッケイ1本、ヤマザクラ1本、ホルトノキ1本であった。これらの数値は、南方の調査から50年後の1984〜85年に行われた同様の主要樹木調査とはやや異なる結果を含んでおり、今後の検討を要する。主要樹木調査に先立って、神島の現状をビデオ撮影し、映像資料「天然記念物 神島 -熊楠と神社の森-」を作成して、和歌山市立博物館特別展「エコロジーの先駆者-南方熊楠の世界-」(平成21年10月10日〜11月23日)および南方熊楠顕彰館第8回特別企画展「南方熊楠と牟婁新報」(平成22年3月20日〜5月5日)で公開した。
 以上の研究・調査によって、南方の環境・自然保護運動は彼自身が触れ、観察し、採集した植物の調査結果を基礎としていることがあらためて検証された。さらに、上述の『南方二書』を始めとする神社合祀反対を訴えた数多くの書簡や新聞投稿記事が、今日的な意味において「環境アセスメント」、すなわち現地環境調査による環境影響事前評価に相当すると考えられ、これを検証するための新聞投稿原稿などの詳細な検討、調査が今後の課題である。
2010年9月
(敬称略)

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