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研究助成

成果報告

2009年度

「不道徳な女性」の出現
― 英米独仏の比較文化研究

東京理科大学理工学部准教授
今村 武

 本研究は、18世紀後半から19世紀におけるイギリス、アメリカ、ドイツ、フランスの諸芸術、特に文学と絵画における「不道徳な」女性の出現に着目し、そのスキャンダラスな登場の様相を考察した。その際、文学史的、美術史的な視点からのみならず、社会史的、道徳史的、女性史的な背景と意義にも留意しつつ、不道徳と言われた女性たちの在り様を解明しようと試みた。
 一年間にわたり、四名の専門を異にする研究者が毎月の研究会に参集して、定期的にその研究成果を発表し検討を重ねることにより、その成果を築いてきた。参加者は、内堀奈保子(東京理科大学 講師)、小野寺玲子(横浜美術大学 教授)、橋本由紀子(日本大学 助教)、今村 武(東京理科大学理工学部 准教授)である(各人の所属と職位は2010年9月6日現在)。内堀奈保子氏は、特にジェンダーの視点からのアメリカ文学を専門領域とする新進の研究者である。小野寺玲子氏は西欧美術史、とりわけ英国を中心とする西欧美術研究を進めている。橋本由紀子氏は、フロベールを中心とする19世紀フランス文学の研究者として活躍している。今村は18世紀後半に興るシュトゥルム・ウント・ドラング以降のドイツ文学を中心に研究を行っている。このような比較文化研究を遂行する研究グループを結成することにより、当時「不道徳」とレッテルをはられた女性たちの汎ヨーロッパ的、同時多発的な「出現」を検証することが可能となった。
 18世紀後半から19世紀初頭のドイツ文学からは、レンツの戯曲『軍人たち』とゲーテの『親和力』を取り上げた。アルザスにおける言語問題を背景とする堕ちた女性の物語と、近代姦通小説の始祖と言われるゲーテの小説に登場する聖女の物語が考察される。また世紀転換期のドイツの女性の社会的状況も説明し、社会史的背景からの作品理解が可能となった。
 19世紀フランス文学では、ナポレオン法典に象徴される当時のフランスの女性観が説明され、蔑視と崇拝との間を往き来する、複雑な女性観の変遷が明らかとなる。さらに、フロベールの『ボヴァリー夫人』を題材に、フランスにおけるブルジョワ的な価値観の崩壊が示され、ゴンクール兄弟の『ジェルミニー・ラセルトゥ』の解釈では、これまで取り上げられることの少なかった女中に焦点があてられる。
 ヴィクトリア朝絵画の研究では、イギリスの中流家庭を舞台に、転落する女性と改悛する女性たちのテーマを再考し、さらに、当時の多彩な裸婦像の展開を明らかにする。そこで問題となるのは、道徳性の克服であり、女性は誘惑される存在から誘惑する女に変わる。そして、絵画と道徳性の問題が、ヌード・モデルを題材に説明される。
 18世紀および19世紀のアメリカ文学研究においては、初期アメリカ文学における誘惑する女性像が、ローソンの『シャーロット・テンプル』とフォスターの『コケット』を例に説明される。ホーソーンの『緋文字』における姦通の後日談を取り上げる研究では、トランスセンデンタリズムとロマンティシズムの説明もなされ、ヨーロッパ文化との関連性も追及される。また、アンテベラム期アメリカの女性の社会的境遇についての説明もなされる。
2010年9月
(敬称略)

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