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研究助成

成果報告

2009年度

古代末期から初期イスラームへの思想伝播の文献学的研究
― アラビア語・ペルシア語写本から

K.R.Cama Oriental Institute研究員
青木 健

現在までの研究成果の概要
 内容的には、当初の実施計画通りに、(A)ヘレニズム・キリスト教関係、(B)インド学関係、(C)その他に亙って成果を上げることが出来た。

A)ヘレニズム・キリスト教関係
 グジャラート州では、貴重なアラビア語写本が無造作に廃棄されているとされるなど、保存状態が極端に悪い。意外に少数の写本しか見付からなかったが、最初から写本が存在しないのではなく、存在していたが廃棄されたか死蔵されているかのどちらかだと思われる。このため、森下の努力にも拘らず、ヘレニズム・キリスト教に関しては、具体的な成果は以下の2写本のデジタル画像の蒐集に留まった。

『シリア語祈祷集』:アーメダバードで13点の写本を確認。その中で最も保存状態が良いと思われる写本の画像を将来した。
『ヨブ書』:アーメダバードで1点の写本を確認。写本の画像を将来した。聖書からの翻訳・翻案としても、ヨブを主人公とするケースは比較的珍しい。

 今後は、これら2つの写本の解読と内容分析し、これらが古代末期のヘレニズム・キリスト教文献の翻訳に当たるのか、それとも後世に仮託して書かれた文献なのかを見極める予定である。何故「シリア語からの翻訳」と言う部分を強調してインドで『シリア語祈祷集』が編まれたのかも、南インドのケーララ州の聖トマス教会などとの関連も含め、今後の検討課題である。

B)インド学関係
 グジャラートで発見できたインド学関係のアラビア語・ペルシア語写本は、この地で活躍したムハンマド・ガウス・グワリヤーリー(d. 1563)による以下の2冊の著作である。いずれもアーメダバードにあるシャッターリー派のスーフィー教団の修行場ハズラト・ピール・ムハンマド・シャー・ダルガーの附属図書館で入手したもので、ヨーガとスーフィズムの関連を論じる上で貴重な一次資料である。また、同様の写本はカッチ大湿原のブージでも確認した。

『生命の大洋』(Bahr al-Hayat):17フォリオ
『5つの宝石』(Jawahir-i Khamsah):55フォリオ

スーフィズムに対するヨーガの影響は20世紀以来論じられてきたが、直接ヨーガに言及した文献は少ない。現在の研究では、ヨーガがスーフィズムの起源になった兆候は見られず、かなり時代が下ってから修行法としてハタ・ヨーガを導入したに留まるとされる。
 インド亜大陸で作成されたヨーガの解説書としては、ただ1冊の文献だけがイスラーム世界で広く知られている。それがサンスクリット語の『アムリタクンダ(不死の池)』の翻訳であるが、この原典は既に失われている。本書のアラビア語訳は1210年にベンガルで『生命の池』として作成されたとされるものの、実際の訳者は15世紀の無名のスーフィーと考えられている。 
 両写本は共同研究者の榊が解読し、イスラームとヨーガの影響と融合について研究を進める方針である。榊によれば、将来した『生命の大洋』は石版本より読みやすいのだが、惜しいことに33a=第4章の途中で終わっている未完の写本である。これに対して、『5つの宝石』の写本は完全形であり、グワリヤーリー本人の注釈が欄外に書きこまれている点で非常に貴重である。既発見の他の写本と校合しての校訂版の作成が待たれる。

C)その他
 これ以外には、インド亜大陸の写本図書館の写本カタログを散発的にチェックした。また、ムンバイとダマンではイスマーイール派ニザーリー派の写本カタログとモスクを発見し、インド西海岸におけるイスマーイール派写本研究にも一定の見通しを得た。更に、森下がカッチ湿原とカーティヤワール半島でネットワークを構築したので、今後これが機能して、グジャラート州辺境地帯から貴重なアラビア語・ペルシア語写本が発見される可能性がある。

今後の課題
 今回は印パ国境地帯の写本図書館を回り、古代末期の思想を伝える貴重なアラビア語・ペルシア語写本を入手できた。しかし、政治的理由によって、パキスタン側の調査を行えなかった。今後は、パキスタンも調査した上で、万全を期して写本の校訂と解読を公表したい。

2010年9月
(敬称略)

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