成果報告
2008年度
メディアイベントとしての「ジェンダーフリー論争」と「男女共同参画」の未来
- モンタナ州立大学社会学・人類学部助教授
- 山口 智美
1990年代以降進められた男女共同参画政策や、行政から組合、教育現場へと広がっていったジェンダーフリー教育に対し、2000年以降、メディア上で批判の動きが生じた。特に男女の性役割の重要性を唱える保守派による主張は、新聞や雑誌など従来のメディアに限らず、ホームページ、インターネット掲示板、ウェブログなど新しいメディア・ツールを駆使して展開された。本研究は、市民運動とコミュニケーションメディアとの関わりの一つの事例として、日本の男女共同参画政策の現状とフェミニズムと保守運動の係争を事例として取り上げた。とくに、保守派による批判対象となった「ジェンダーフリー」という言葉が「発見」された1995年から現在に至るまでの歴史を検討するものである。
本研究はまず、2008年8月に開催された NWECフォーラムにおいて、「情報発信メディアと男女共同参画の視点」と題したワー クショップを開催した。フェミニズム運動やクィア運動の様々なメディアの利用に詳しい研究者や運動家に参加していただき、運動の使うメディアがミニコミからインター ネットと変化する中で生じている、コミュニケーションの課題についての知見について議論した。2009年3月には、米国シカゴで開催されたアジア研究学会(Association for Asian Studies)で開いた“Gender-Free” Backlash on the Internet and Beyond: National Politics and Feminism in the 21st Century Japan"と題したパネルで、国際的(とくに日米比較)な視点も交え、日本におけるフェミニズムとネットをめぐる状況を検討した。加えて2009 年6月には、お茶の水女子大学で開催された日本女性学会の年次大会において、「『ジェンダーフリー論争』と『バックラッシュ』を再考する」という題名の ワークショップを開催した。当研究会員のほか、女性学、ジェンダー研究に携わる研究者の方々にご参加いただき、上記の知見をふまえ、女 性学のジェンダーフリー論争、バックラッシュ対応のストラテジーに関して議論を行った。
次に、フェミニズム運動のインターネットやほかのメディア利用に関して、以下の4つのケースに焦点を当てて、調査分析を行った。1)行政・女性政策周辺の動き。日本女性会議やNWECでの関連ワークショップなどに参加し、調査を行い、ネット発信があまりに行われていないという現状を把握した。2)あるフェミニズム運動体のネットの利用(ML、ブログ、HPなど)の失敗事例という、ひとつの事例に特化 し、深く掘り下げて分析する研究会を大阪で4度開催した。3) 女性学のネットやメディア利用についての分析。具体的には、女性学の学会や、女性学者が運営するウェブサイト、MLなどの事例を検討した。4)女性運動家、保守運動家のメディア利用に関する調査。
分析結果によれば、フェミニズムにおけるメディア利用において、以下のような現象が起きていることが明らかになった。ネットリテラシーが低い人たちが多い状況が続いており、スキルをもつ少数の人たちにネット対応が集中して任せられることで、無償か安い有償労働として搾取される状況が起きている。また、ネット上での言説状況への理解不足から、ネットの特色であるインタラクティブ性も活用できておらず、一方的に発信するケースがめだっている。そして、ネット上におけるフェミニズムのプレゼンスはあがらないままとなってしまっている。その一因として、MLばかりが主要コミュニケーション手段として使われる状態が続いていることがある。MLはその規模に関係なく、関係者だけが使う閉じたメディア空間だと利用者が思い込んでいる傾向があり、そこで 集団的な盛り上がりが形成され、いわゆる「カスケード」状態がつくられていく過程がみられる。MLのほかに、メディアでのアウトプット展開が、書籍や論文などまとまった形のものに限定される傾向が目立ち、従来運動メディアとして活用されてきた印刷物であるミニコミやパンフなどの活用が廃れてきている。ネット上の掲示板、ブログ、SNSなども含め、多様なコミュニケーション形態が普及しているにもかかわらず、既存の形態を含め、活用されるコミュニケーション形態の幅が縮小する傾向が見られることがわかった。
当研究は2009年度も継続し、その成果は書籍化される予定である。(勁草書房から刊行予定) 2009年度は、フェミニズムと保守運動を主な事例としつつ、国際比較という視点を導入し、ネットの機能や効果、マスメディアの絡み、ウェブ空間の社会運動、市民運動のネットや、ミニコミ、パンフなど既存メディアを含む、多様なメディア利用などについて分析をさらにすすめていく。 twitterなど、新たなツールの影響についても検討したい。2008年度に開設した、研究成果報告(研究会や学会報告記事、論文などの発信、データ蓄積、動画配信など)のための「フェミニズムの歴史と理論」サイト、および「グローカルフェミニズム研究会」ブログの更新も続けていく。
2009年8月
(敬称略)