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研究助成

成果報告

2008年度

委任の連鎖の制度論:国際比較と政策分析

ハーバード大学政治学部准教授
マルガリータ・エステベス・アベ

本研究プロジェクトでは、日本で選挙制度改正があったことで、有権者からの委任の在り方がかわり、それに応じる形で、官邸強化と中央省庁再編があったと考え、実際にどこまで変化した委任と監視の仕組みが変化し、政治プロセスが変わったかを事例研究(公務員制度改革・情報開示法・医療政策・防衛政策)で検証した。事例研究はそれぞれ異なる特性の政策分野を含む。

(1)官僚組織全体にかかわる改革 公務員制度改革・情報開示法は政治家が官僚制度全体のインセンティブを改変しようとするものであり、ある意味官僚制という組織全体に共通する既得権に手をいれる改革である。まさに委任と監視の仕組みを大きく変えることを目的としている。しかし、全省庁的な抵抗も強い分野である。

(2)特定の高度な専門知識を要する政策分野/特定利益団体のある分野での改革 医療制度は厚生労働省の一部が管轄する高度な専門知識を要する分野である。同時に医療組織・従事者など社会内の特定の利益集団にとって大きな影響をもたらす分野である。新しい選挙制度のもとで政治家・政権党の計算は変わったが、従来の選挙制度で政治家に対して強い影響力を持っていた特定利益集団とそれを使って既得権を延ばしてきた官僚制の抵抗の強い分野である。

(3)社会全体に影響のある政策分野で特定利益団体のない分野の改革 防衛・外交政策、税金、年金など全て社会全体に影響のある政策分野であるが、日本においては、防衛・外交政策は関係する特定利益団体がもっとも少ない分野であった。特筆に値するのは、従来の中選挙区制のもとでは選挙で取り上げられない政策分野である点だ。特定利益団体のある政策分野の政策決定過程がボトムアップ型であるのに対し、もともとトップダウン型の政策決定過程であった点である。

事例研究成果を簡単にまとめると、政治家からの新しい委任と監視の仕組みへの要求は、第3類型でもっとも進んだ。彦谷の事例研究は、外交・防衛問題において、いかに政策決定プロセスそのものが変化し、その結果、政策決定のスピードそのものが早まったかを明らかにしている。

反対に、(1)では、官僚制の抵抗のみならず、もともと中選挙区制度のもとで官僚制の各部分と癒着しながら既得権を享受してきた政権党議員の抵抗もあり、改革が非常に遅れている。公務員改革に関しては、閣議決定されながらもまだ遅々として進まないままである。また、情報開示法や省庁再編など画期的な改革がなされても、かなり骨抜きになって実施されるのが、この類型の特徴といえる。例えば日本では情報開示法が導入されたにも関わらず、同時に統計法やプライバシー保護法などが、官僚が情報開示をせずにすむ法的根拠となっている。市民と政治家の行政に対して監視ということでは、あまり改革が進んだとは言えない。

(2)の医療政策では、政治家の選好が大きく国民の立場にたったものに変化し、その結果政権党と国会のなかで新しい政策がでてきた事例である。選挙民と政治家の委任・監視が変化したことがわかる。ところが、利益団体の抵抗がなくすんなりと制度改正がおこなわれた産科無過失補償制度創設と、政治家が現状を変える決断を下したにも関わらず、官僚制がその専門性を梃に運用の段階で政策の中身を覆した先進医療政策(混合診療など含む)の事例にみられるように、政策決定プロセスと政治家の選好が変化したにもかかわらず、施策段階での監視の仕組みが変わっておらず、その結果、専門性の高い分野においては官僚の思惑次第で施策内容が変わることを示されている。

一点残念であるのは、選挙がいつおこなわれるかわからない政治的に大変な時期であったために、国会議員へのヒアリングが思うように行えなかった点です。

今後の課題としてはまずこの時点での知見を英文・和文での発表と、衆議院選挙後に民主党を含めたヒアリング、さらに国際比較研究を企画しています。

2009年8月
(敬称略)

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