成果報告
2008年度
地方行政の公共性と多様性の価値
- 学習院大学法学部教授
- 桂木 隆夫
本研究(「地方行政の公共性と多様性」)の特色は、各共同研究者が地方行政の抱えている個別具体的問題の検討を通じて公共性と多様性の諸相を探り、それを公共性と多様性の思想的検討に重ね合わせるところにある。
まず田谷は、「多様性」概念の明確化を図った上で、格差や貧困の解消が重要な政策課題とされる中でなお「多様性」がより望ましいものであるための条件は何かを問うことを通じて、その意義や効用を確認する(救急搬送にあたって重症度・緊急度を選別する基準や出動する救急隊の編成の地域差の実態について事例研究を行った)。そのうえで制度そのものが一国内で多様であることが許されるかについて、道州制や首長制といった地方行政の統治構造を例に検証し、さらに今後は、擬似非な日韓両国の地方行財政制度を比較検証することを予定している。
安念は限界集落の問題を取り上げ、この問題に関して早急に検討しなければならない課題として、次のものが挙げられるとしている。(1)フランス等で行われている公的雇用の創出は、過疎対策として正当化されるか。(2)「むらおさめ」までの間、医療、通信等の住民サポートを公費で行うことが「公共性」の名の下に正当化できるか。(3)積極的な撤退策としての集団的住民移動は、いかなる場合に可能か、(4)治山、治水、水田の湛水等の、限界集落が担ってきた外部経済を公費支出で代替することが正当化されるか。
また、小谷みどりは、「墓制と公営墓地の役割」について考察した。日本の「○○家の墓」は子々孫々での継承を前提としているところに特徴があるが、現代社会では、(1)墓の継承問題、②墓地不足といった問題が発生している。生者と死者が共生する空間を演出するには、当然ながら無縁化を防止するという視点が含まれていなければならない。家族の有無に関わらず、公平に墓を供給するためには、公営墓地はどのような方策を取ればよいのかという点が今後の研究課題であるとする。
こうした問題の指摘を受けて、幸田は救急搬送や限界集落、墓地行政の問題も含め多様な地域特性を抱える自治体において、地方行政の多様性をどう確保するべきかが問われていると主張する。これまで、多様性の議論は、「団体自治」の問題と捉えられてきたが、自治体内の多様な住民ニーズを踏まえた政策の実施という「住民自治」の問題として捉えることが重要である。市町村合併の進展により、この観点はより重要となっている。地域の多様性を確保するためには、地域の多様性の価値を踏まえて、多様性を担う適切な制度、組織が必要となる。今後は、その要件等についての事例研究を深めたいとしている。
これらの個別具体的問題の検討を踏まえて、桂木は公共哲学ないし公共思想という観点から、より一般的な視点で中央と地方の関係のあり方も含めて日本という国(行政)のあるべき形とは何かという問題を取り上げている。そして、基本的枠組みとしての国民国家という視点の重要性を認めつつ、従来のような中央集権的国民国家観ではなく、分権的国民国家観への転換が求められているとする。いわばこれまでの同化主義的で排外主義的なナショナリズムではなく、多文化共生の自由主義的なナショナリズムが模索されているということである。そして今後は、この分権的国民国家観の日本における思想的淵源を徳川時代にさかのぼって探りたいとしている。
2009年8月
(敬称略)