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研究助成

成果報告

2008年度

うま味文化・非うま味文化とは
― 味覚・食物・文化分類の関係性

ケント大学大学院人類学部博士課程研究生
大澤 由実

 明治末期における池田菊苗(東京帝国大学教授)による「うま味」の発見からおよそ一世紀たった今、日本国外においてのうま味への関心が高まっている。伝統的に「うま味」という言葉や概念が明確に存在しなかった欧米においても、今やBBCやガーディエン等の主要メディアでうま味の特集記事を目にすることができる。2000年にマイアミ大学の研究グループによりうま味物質に反応する受容体が発見されて以来、甘味、酸味、塩味、苦味に加わる第五の味覚としてのうま味は学問的に認知され始め、「Umami」として国際的な共通語になりつつある。このような流れの中で、うま味に関しては食品化学・栄養学・味覚心理学・生理学等の様々な学問分野での研究が進められてはいるものの、この味覚の背景にある食文化及び生態学的要因との関係性に関する研究は大きく見落とされてきた。そこで人々のうま味の認識と食物・食品と文化分類の関係性について認識人類学と民族生物学の視点から調査するというのが本研究の目的であった。うま味は第五の味覚であるという‘科学的’事実を踏まえた上で、うま味文化と非うま味文化とは何なのか、またそれぞれにおける、人々のうま味の認識と文化・文化分類の関係性について比較調査を行い、味と風味に付随する文化的意味について明らかにしようと試みた。比較文化的な味の分類とその重要性についてはオマホニー(O’Mahony, M. et al. 1970)による味覚表現に関するいくつかの研究があるが、オマホニーの研究を除くとその大部分が見落とされている事がわかった。そこで本研究では、異言語における味覚表現を収集し、いくつかの言語でうま味に似た表現がある事を考察した。また英国人と日本人を対象とした味覚実験を行い、味覚の嗜好、表現及びパイルソーティング方法を用いた味覚の分類に注目しその比較を行った。

 味覚の識別能力と味の分類は、人類それぞれの環境における栄養上・毒物学上の生物的・文化的適応の一部であると言われている。うま味という特異ともいえる味覚の存在からわかるのは、人々の味覚は生態的・文化的な要因にも強く影響を受けているということである。人類にとって食とは「自然」と「文化」の両方の要素を持つと考えられており、本研究では専門分野の異なる人類学者、栄養学者、民族生物学学者が共同で研究を行ったことにより、うま味という日本独特の味覚表現存在の背景にある文化的かつ生態学的要因を様々な角度から考察することができた。第五の味覚としてのうま味は、食文化、分類、味覚の関係性について、総論的に再考する機会を提供してくれた。 世界中には様々な食習慣や食文化が同時に存在する一方で、その多くが現在グローバル化の影響を受けている。 現代の欧米社会において“Umami”という味覚に関心が高まっている背景にも新たな味覚への期待やアジアを含めた異なる食文化への興味関心など様々な要素が見え隠れしているといえる事からも、さらなる社会文化的視点からのうま味、味覚研究の継続が望ましいといえよう。

2009年8月
(敬称略)

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