成果報告
2007年度
歴史の中のイギリスとヨーロッパ
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「総合外交政策史」的アプローチの構築
- 三重大学人文学部 教授
- 益田 実
19世紀から21世紀初頭のイギリスとヨーロッパの関係は、イギリスの世界的地位の変遷、world powerからregional powerへの衰退を反映したものであり、光栄ある「孤立」から、「統合」への遅すぎた参加に至る過程であったと一般に理解される。本研究の課題は、この一般的理解を正統的理解として受容すべきか、通俗的理解として否定すべきかという問いへの答を導くことである。手法上の特色は、歴史的事実を分析する人文・社会科学研究の分野的・手法的多様化を念頭に、200年の時空間を区分し、個々の区分毎に適切な問題設定と分析視点を選定することによって、多様な視点を総合した「総合外交政策史」を構築するというものである。
本研究は、その全体を貫く問題意識として、英欧関係を「統合と孤立」(integration v. isolation)ないし「関与と自由」(commitment v. freehand)の狭間で揺れ動くイギリスのアイデンティティに注目しながら俯瞰し、伝統的外交史の枠を超えた多面的議論を長期間を対象におこなった。これまでの研究と議論から抽出された暫定的成果は以下の形に整理できる。
まず19世紀におけるイギリスの対ヨーロッパ外交の特色は、「名誉とフリーハンド」という概念をもって要約できるものであり、パクス・ブリタニカと「光栄ある孤立」に体現されたが、その後の外交政策決定スタイルの変化によりイギリスは、大陸諸国間の利害の調整役としての機能を果たせなくなっていく。この調整役としての機能の喪失が、二つの大戦における大陸への大規模な直接的軍事関与を要請することになるが、その過程でイギリスは、大陸への影響力確保と世界規模の影響力確保という二つの目標の間で困難な舵取りを強いられていく。
このジレンマが直接に表出したのが、第2次大戦後の大陸における超国家的統合進展への対応であり、統合を推進する独仏伊ベネルクス6ヵ国とこれを積極的に後押しするアメリカへの対応が、イギリスのヨーロッパ政策の中心的課題となる。イギリスはこの状況で自らの基本的外交方針を、帝国=コモンウェルスという独自の勢力基盤、英米の特別な関係を基礎とする大西洋同盟、大陸諸国との緊密な協力という「三つのサークル」の中心に位置することによる世界的影響力の確保という形に定式化する。しかしこの方針はその成立からほどなくしてイギリス自身の経済的衰退、コモンウェルスの求心性の低下、米ソ冷戦とデタントという国際情勢の進展、統合を目指す6ヵ国の政治的経済的勢力の増大という状況に直面して修正を迫られることとなる。その結果、イギリスは統合への参加とその内部での発言力増大という方針を目指すことになるが、なお残存する世界規模の利害、対米関係の重視といった「三つのサークル」的発想にひきずられ、統合ヨーロッパの一員としての自らのアイデンティティ確立をめぐって、内外に深刻な対立を抱えることになる。
以上略述した本研究の暫定的成果は2008年12月刊行予定の、細谷雄一編『イギリスとヨーロッパ 孤立と統合のはざまで』(勁草書房)として公開する。また研究代表者は2008年10月刊行予定の益田実『戦後イギリス外交とヨーロッパ政策』(ミネルヴァ書房)として自らの担当部分の成果を公開するとともに、2008年10月の日本国際政治学会研究大会において報告をおこなう予定である。
2008年8月
(敬称略)