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研究助成

成果報告

2007年度

21世紀アジアの御雇い外国人
― 韓国企業で活躍する日本人エンジニア

九州大学大学院経済学研究院 教授
深川 博史

 本研究では、韓国の産業技術革新への日本人エンジニアの関わりを明らかにすることを目的として、韓国企業勤務の日本人エンジニアからのヒアリングを実施した。研究の前半段階において、ヒアリングはなかなかに困難であったが、研究の後半段階では比較的順調にヒアリング作業を進めることができた。
サムスン中央研究所のエンジニアの方に加えて、サムスン建設、サムスン電子の日本人エンジニアにコンタクトをとり長時間のインタビューを実施した。サムスン中央研究所のエンジニアについては、日本に招聘して、この方を囲んだ研究会を実施した。「サムスンにおける事業戦略と技術経営」と題して詳細な報告を行って頂き、本研究のメンバーを中心に長時間の討論を行った。
 ところで、本研究のヒアリングに際しては、情報資料を提供して下さる方々の氏名を伏せることが必要になり、成果の公開には、慎重を期すこととなった。現役で韓国企業に勤務する方々のなかには、匿名を条件にヒアリングを承諾して頂いた方もおり、学術目的といえども氏名の公開は難しくなった。氏名を伏せても、ヒアリング内容を論文に紹介すれば、文脈から人物を特定できる可能性もあり、ヒアリングから一定の期間を置いて成果公開を検討する等で対処している。
 ただ、研究そのものについては、興味深い成果が得られた。それらを抽象的に紹介すれば、次の通りである。
 本研究の調査により、日本企業からヘッドハンティングされたエンジニアたちが、様々な局面で韓国の技術革新に関与したことが明らかとなった。日本企業からの転職経路は様々であるが、転職後は、韓国企業の技術経営の核心部分で、重要な役割を果たし、とくに、韓国企業の韓国人エンジニアたちに、大きな影響を与えている。韓国の経営側は、影響力の大きいことを期待して、日本人エンジニアのスカウトを進めている可能性もある。このような影響力の背景には、日韓の間で、技術についての考え方に相違のあることが関係しているようだ。
 韓国企業の経営側は常に日本に意識している。日本が放棄した技術分野等を研究し、困難の多い先端技術を巧みに取り込み、エンジニアの経験や知識も併せて吸収しながら、技術面のキャッチアップを進めてきた。特定の分野などでは大きな成功を収め、韓国企業は、日本企業を大きく引き離すに至った。日韓の技術優位の逆転には、企業の経営判断の要素が大きい。
 韓国企業で技術革新に貢献した日本のエンジニアたちは、技術風土の日韓相違という問題に直面するものの、それらを克服することで、韓国の技術水準の向上に努めた。日本と比較した場合の、韓国の技術風土の特徴は、専門性重視という点である。韓国のエンジニアは、豊かな専門知識を持ち能力も高い。専門分野での仕事は懸命に行うが、専門分野以外の問題解決には時間がかかる。専門分野以外の問題にも対応することの多い日本のエンジニアとは対照的である。
 このことの背景には、技術教育システムの相違という要因が認められる。日本では、教育過程での基礎研究・教育を重視し、突発事態が生じても対応可能な力を身につけさせる。技術の基礎的な広がりまで修得していれば、専門分野以外の分野への対処にも応用が効く。予想外の突発事態に遭遇しても、幾つかの技術を組み合わせることで、解決することが可能となる。一方、韓国では、基礎的な技術よりも、専門技術の修得が優先されており、基礎的な技術の不足から、応用力発揮に至らないケースが見られるようだ。技術基礎教育の違いや、基礎技術の広がりに関する日韓の考え方の相違によるものであろう。
 そして、そのような日韓の相違が認められるものの、最近では、韓国のエンジニアの間に、基礎技術の重要性に関する問題意識が広がってきており、基礎的な技術や、応用力を身につけた研究者が現れてきている。それらの技術風土変革の背後にも、日本人エンジニアの存在が認められる。今後は、韓国の技術風土が変わり、日本との距離を縮めることで、いよいよ総合的な技術力のキャッチアップが進むものと予測される。

(敬称略)

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