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研究助成

成果報告

2007年度

エスニック紛争のグローバル化
― 南アジア系移民の役割

専修大学法学部 教授
広瀬 崇子

 本研究は南アジアの3大エスニック紛争-タミル紛争、パンジャーブ紛争、カシミール紛争-のエスカレーションおよび和平プロセスにおける海外居住エスニック・コミュニティ(ディアスポラ)の役割を比較分析し、国境を越えるエスニック・コミュニティのネットワークと国民国家の関係を明らかにし、また、元来民族宗教であるため、原則的には国境を越えることはないとされていたインド最大の宗教であるヒンドゥー教が、近年ディアスポラを通してグローバルな展開を示していることから、それがインド政治に与える影響を分析することを目的とした。
 サントリー財団の助成金で現地調査および研究会を開催した。まだ研究は進行中であるが、過去1年間の研究の結果、ほぼ方向性が見えてきた。以下が現段階までの研究概要である。
 先行研究の多くは、在外のエスニック集団は、B.アンダーソンのいう「遠隔地ナショナリズム」を強く持ち、本国におけるエスニック紛争に対しては、紛争当事者の言動を美化し、「無責任な」支援を行う傾向が強いとみなしている。そして、本国のエスニック紛争の劇的なエスカレーションに伴い、ディアスポラが質的な変化を遂げて、政治性のうすい宗教集団やエスニック集団が「ネーション」と化すと主張している。その際、暗黙のうちに、エスニック集団を過激派に代表される一枚岩的な集団と捉える傾向が強い。
 本研究を通じて、我々が得た新たな知見とは、ディアスポラ集団は決して一枚岩的ではなく、移民の時期、移民後の経済・社会的地位の向上の度合いなどによって複雑な様相を呈しているということである。時間の制約から本研究は、ディアスポラのホスト国における政治活動に焦点をあてて研究を進めることとした。現段階での仮説は以下の通り。

1. 政界進出を果たした人間の政治意識、重要争点、本国とのかかわり、本国のエスニック紛争に関する認識および行動を、主としてインタビューを基に明らかにした。彼らは当然のことながらホスト国への同化の度合いが最も高い層で、ディアスポラのゲットー化を懸念し、宗教活動などに極めて批判的である。
2. 本国のエスニック紛争に直接関与するような過激なディアスポラ組織は往々にして分裂を招くことが多い。カシミールのケースがその典型であるが、シク教徒の場合にもこの傾向が見られる。
3. ディアスポラの中には、本国のエスニック紛争の激化に伴い、テロリストと治安部隊の両方の脅威にさらされ、一時的に海外に避難している人間がかなりおり、彼らはディアスポラとは言っても、基本的にはホスト国に定住する意図はほとんどないため、自らの文化、宗教にもとづくコミュニティをホスト国で再建しようとする。
4. ホスト国での経済・社会的成功度が一定水準に達している層は、暴力紛争に直接加担するよりは、人権問題、社会正義といったより普遍的価値に基づいて自らの行動を正当化しようとする。本国の紛争での「殉教者」の遺族への献金などがその例である。
5. ヒンドゥー・ナショナリストの場合には、ヒンドゥーがインドにおけるマジョリティであることから、本国の政治の主流と直接結びつく傾向が強い。また本国ではヒンドゥー・ナショナリズムを前面に出せない場合には、ディアスポラ組織における過激なヒンドゥー・ナショナリズムがその代役を務めることもある。
 以上のような仮説のそれぞれを吟味しながら、各エスニック集団に関する具体的情報を基に、比較を行い、より普遍的な議論を行うべく努力中である。
 研究成果の発表としては、まず2008年9月の南アジア学会で小パネルを組み、これまでの研究成果を発表する。そこでの議論を踏まえた上で、学会誌への寄稿、単行本の刊行を計画している。

2008年8月
(敬称略)

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