成果報告
2007年度
<死と向き合うこと>をめぐる医療・文化・宗教の多様性と普遍性
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東アジアにおける学際的研究
- 淀川キリスト病院 ホスピス看護課長
- 田村 恵子
本研究は、さまざまな場面で生起する〈死と向き合うこと〉をめぐる諸問題を、学際的かつ相互異文化的アプローチから検討するプロジェクトである。 人々が死に直面するとき、医療(救命、延命、終末期、ホスピス)や文化・宗教(看取り、見送り、送葬、埋葬)との関わりを避けて通ることはできない。これらの営みの背後には、死生観、死後の世界観、家族や友人による死別経験(悲嘆・受容)といった数々の〈思い〉が横たわっている。本研究は、こうした営みや思いについて、東アジア諸国における、国・地域・文化・宗教による違い(多様性)と共通点(普遍性)を探ることを目指した。それは、技術や制度によって形骸化されつつある、日本における〈死〉を見つめ直し、その豊かな内容を回復するための基盤を作り出す作業として遂行された。
本研究では以下の二つの課題に焦点を当ててプロジェクトを推進した。(1)終末期において求められる「安らかな死」とはどのようなものであり、それを可能にするものは何かを明らかにすることである。それはたんに医療の問題にとどまらず、死をめぐる価値観や経験との密接な関連のもとに考察されるべき論点である。(2)死に行く者の看取りや死者の見送りという営みと、それを支える地域・共同体および文化・宗教の意義・役割を明らかにすることである。それぞれの課題について、以下のような取り組みをした。
(1)では、ホスピス病棟における終末期医療の実践と東アジア諸国における現状と課題の共有化、医療者・市民の研究ネットワークや関連学会、政府審議会における終末期医療(延命処置の不開始/停止問題等)の方針決定・倫理審査のあり方についての調査研究、そして終末期医療や死生観をめぐる宗教学・文化人類学的研究に従事した。終末期医療に従事する医療者にとって、死に直面する人及びその家族が抱える問題すべてに対処するのは容易ではないが、〈死と向き合うこと〉の多様なかたち・共通するすがたを見直すことで、新たなスタンス(医療施設およびスタッフの姿勢)の形成につながることが期待される。(2)については、主にフィリピンにおける臓器移植や死の看取りの現地調査とデータ解析、フィリピン、マレーシア、台湾における死者を見送る宗教儀礼や葬送慣習の比較検討、日本における胎児・新生児・終末期患者への看取りや見送りあるいは各種儀礼や死生学の研究を行った。以上の成果を報告し、意見交換する機会として公開シンポジウム「〈死と向き合うこと〉をめぐる医療・文化・宗教の多様性と普遍性――東アジアにおける学際的研究」(Diversity and Universality of Medicine, Culture and Religion on Facing Death and Dying: Interdisciplinary Research in Eastern Asia)を実施し、その成果を報告書にまとめた。
本研究の成果が、人々がそれぞれ抱いている「死の迎え方」「死の看取り方見送り方」をめぐる、さまざまな〈思い〉を多面的に捉えることにより、それぞれの社会・文化・個人に即した「自分らしい死」の確立をサポートすることに、いささかなりとも示唆を与えることができれば幸いである。
2008年8月
(敬称略)