成果報告
2007年度
東アジアにおける食のグローバル化と生活者の意識・行動の変化
- 広島修道大学人文学部 教授
- 今田 純雄
食物を摂取するとは,栄養を身体に取り込むということだけではなく,摂取対象となる食物が有する価値を受け入れるということも意味する。ここでいう価値とは,社会・文化・道徳・倫理といった幅広い範囲をものをさす。具体的な例を挙げれば,食材がニワトリであっても,伝統的な調理法で味付けされた"鶏肉の唐揚げ"と,地球的規模で展開しているファーストフード店で提供される"鶏肉の唐揚げ"とでは,仮に栄養成分に大きな違いがなくとも,その食物が有する価値は大きく異なる。例えば,特定の地域あるいは民族が有する社会・文化・道徳・倫理的価値を重視する人は,後者の"鶏肉の唐揚げ"を摂取することを躊躇し,場合によれば拒否するであろう。食べ物があなたをつくる,何を食べているかがわかればその人がどういう人であるかがわかる,You are what you eatといった言い回しは,古来,多くの賢者が口にしてきたことである。何を,どのようにして,なぜ食べるのかという食行動を分析・比較することによって,一見不可解にみえるさまざまな社会行動・経済行動を説明・予測していけるのではないだろうか。本研究はこのような問題意識の元に企画された。
ファーストフードと加工食品は,過去数十年の期間に,日本において広く行き渡るようになった。日本のこのような食市場における変化によって,日本人にとっての食物の意味,食物への態度は変化してきたと思われる。本研究は,日本同様な食のグローバリゼーションの洗礼を受けている東アジア諸都市間で食態度・食行動を比較調査し,その実態を検討することを目的した。
本研究は当初2ヵ年で計画され,また初年度の韓国,台湾調査の実施が数ヶ月遅延するというアクシデントもあり,研究そのものは終了していない。韓国で当初予定していた調査協力機関は,本研究が財団支援によるものであることを理由に法外な謝金を求め(助成金のほぼ総額),実施を諦めざるえない事態となった。その後共同研究者の尽力により別機関での実施が可能となり,今現在,得られたデータの翻訳(自由記述文箇所)を行っている最中である。さらに台湾での実施が可能となったが,簡体字版で実施すべきでないとの判断から急遽繁体字版を作成することとなった。実施そのものは夏休み明けの9月中旬予定となった。すでに調査施行の準備は整っている。また,当初計画の2年目で予定していたベトナムでの調査も,あるマスコミ機関の協力が得られることとなり,その準備に入っていた(実施するかどうかは未定)。さらに,沖縄,トラック諸島(南太平洋)での調査についても具体化しうるところまでいっていた。現状は,初年度の遅れを取り戻しうる進捗状況にある。
異なる言語を用いる人々を対象とした比較文化研究において必要とされることは質問項目の内容的妥当性である。われわれはこれまでの研究を通じ,バックトランスレーションの手続きがその妥当性のかなりの部分を説明してくれると見なしている。多言語に翻訳された文章を,元の文章を全く知らない第三者が再翻訳する作業である。当然のことながら,全く同じ文章に再翻訳されることはない。元文章と再翻訳の文章を並べ,翻訳者と再翻訳者の双方から個々の異同箇所について説明・意見をいただき,場合によればその設問の翻訳を修正し,また場合によればデーターの分析対象からはずす。この作業は実に手間がかかり,面倒なものではあるが,元の文章を作成した本人が,本人自らが属す文化から一方的なバイアスを受けていたことがわかる場合もあり,有意義な結果の得られることが多い。今回も「お茶」が単なるteaではなく,実に大きな文化的バイアスを受けているものであるかが判明した。
質問紙上では,食のグローバル化の象徴的存在としてマクドナルドをとりあげているが,これは一方で「お茶」文化に影響を与え,また一方ではスターバックスとともに「コーヒー」文化にも影響を与えている。複数の共同研究者らは,食の観点とは別に,「お茶(カフェ)」文化の変容という観点から考察すべく,本研究データが確定するのを待っている状態である。
すくなくとも本研究データは,日本,韓国,台湾の比較を可能とさせる。数ヶ月後にはデータもまとまり,来年の学会(国際学会)あたりで研究発表をおこない,さらに研究論文の投稿も可能となるのではないかと考えている。このような研究を開始させることに大きな理解と援助をさしのべられた貴財団にこころより感謝を申し上げたい。
2008年8月
(敬称略)