成果報告
2007年度
被害者の回復に果たす修復的司法の可能性
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福祉と司法の協働
- 上智大学総合人間科学部 准教授
- 伊藤 冨士江
1.研究の背景と目的
犯罪の事後問題の対応のアプローチの一つとして修復的司法(Restorative Justice)がある。修復的司法では、犯罪を「人々の関係を侵害した害悪」として捉え、被害者、加害者、そして地域社会の代表者などが対話を通して犯罪の事後問題の解決を図るものであり、1990年代から国際的レベルで理論的・実践的に展開されてきている。修復的司法の実践形態の代表的なものには「被害者と加害者の対話(Victim Offender Mediation 、以下VOMと略す)」があり、欧米諸国を中心に多数のVOMが実践され、日本でもNPO団体を中心に2001年頃からVOMの取り組みが始まった。一方、被害当事者からは修復的司法に関して懐疑的な声が強いのも事実であり、修復的司法の可能性について、被害者支援の視点から分析した研究成果が待たれるところである。
本研究は、社会福祉分野と法学分野の研究者、大学院生が連携し理論的検討を深めながら、(1)修復的司法の可能性について被害者支援の視点から分析する、(2)東京を拠点にソーシャルワーク実践としてのVOMの可能性を探り、犯罪被害者の回復を助長するための修復的司法の実践アプローチを開発することを目的として、2007年8月から1年間にわたって研究に取り組んだ。
2.研究の成果
主な研究活動とその研究成果および研究で得られた知見は、以下のとおりである。
(1)2007年8月から2008年2月にかけて犯罪被害者遺族から直接話を聴く機会を設けた。その結果、今まで日本において被害者の人権やニーズがないがしろにされてきたこと、犯罪によって生活が激変すること、事件直後から生活の再構築に至るまでに実に多様なニーズが生じること、生活を支えるソーシャルワーク的視点が不可欠であることなど、具体的に把握することが出来た。
(2)2007年11月アメリカ・ミネソタ大学の修復的司法・和解センターで行われた「重大犯罪・政治的暴力の事例における被害者加害者対話(Victim Offender Dialogue in Cases of Severe Criminal & Political Violence)」の研修(6日間)に、研究代表者の伊藤が参加した。重大犯罪や政治的暴力における被害者加害者対話の実態を把握し、重大犯罪の被害者・遺族に対しても修復的司法の実践が適用可能であること、そのためには時間をかけた入念な準備とフォローアップ、対話進行役の養成やチームワークが不可欠であることなどについて理解を深めることが出来た。この研修報告については、『上智大学社会福祉研究』32号(2008年3月刊行)に掲載。
(3)修復的司法の新たな動向の1つとして「被疑者・被告人の弁護人からの被害者への働きかけ(Defense Initiated Victim Outreach、以下DIVOと略す)」と呼ばれる活動がある。2008年5月アメリカからブラナム弁護士とザーキン弁護士を招聘して、DIVOに関するトレーニング(2泊3日)を軽井沢で実施した。弁護士、大学教員、臨床心理士、大学院生など25名の参加者があった。弁護人がリエゾン(被害者との橋渡し役)と協力して被害者の気持ちに配慮しニーズに応えながら、それを加害者の「更生」に役立たせる活動の理念と実際について、ロールプレイ等を通して具体的に学び議論を深めた。参加した弁護士からは肯定的な反応が多く、日本で初めて実施されたこのDIVOトレーニングが、「被害者の視点」を取り入れた司法活動を推進していく契機となったと考えられる。
(4)2008年7月に、ワークショップ「犯罪・非行問題の対応について考える〜癒しを目指して〜」(千葉・被害者加害者対話の会運営センターと関西・被害者加害者対話支援センターとの共催)を東京・四谷にて開催した。一般市民や司法関係者など60名を超える参加があり、修復的司法の実践について啓発する機会となった。なかでも、前野育三氏(関西学院大学名誉教授)より「修復的司法の現代的意義」について歴史的・社会的背景を踏まえた講演があり、修復的司法の意義、市民による理解の必要性、日本における実践上の課題などについて理解することが出来た。
3.今後の課題
上記の活動を通して、修復的司法について被害者側の視点を中心に多角的に検討するとともに、東京での実践(東京VOMセンター)への道筋をつけた意義は大きい。今後は、さらに修復的司法の理論的検討を進めながら、東京VOMセンターに関する広報を推進し、対話の進行役を養成していくことが課題である。
最後に、本研究を助成して下さったサントリー文化財団に感謝いたします。
2008年8月
(敬称略)