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研究助成

成果報告

2007年度

清末民国期における勧業博覧会の受容と都市空間の再編過程
― 近代的公共空間の成立事情と日本

天津大学建築学院 教授
青木 信夫

 中国では、2010年に上海万国博覧会が予定されている。むろんこれは、2008年北京五輪に続く国内最大級のイベントとなる。こうした状況を反映してか、中国国内では博覧会への関心は徐々に高まりを見せつつあるが、当該博覧会に至る歴史的な位置づけについては、必ずしも十分に論究されてこなかった。そこで本研究では、中国における博覧会事業のエポックメーキングとなる清末民国期の勧業博覧会に着目し、これにより都市空間、とりわけ公共空間が当時の時代背景のもとに如何に誕生し、変容を遂げてきたかについて、分析・解明することを目的として取り組まれた。具体的には、天津勧業会(中国最初の商品陳列所―考工廠の設置)と南京で開かれた南洋勧業会(最初の全国レベルの博覧会)を主たる事例とした。ここに、本研究成果を示せば、大要以下のようにまとめることができる。

1.都市空間の「近代性」
 天津勧業会(1906年、考工廠は1903年)と南洋勧業会(1910年)の開催は、ともに鉄道事業と連動した市街地の開発という側面があった。そこでの都市の「近代性」とは、意図的なネーションの形成と「公共空間」の創出にある。むろん、公共空間は古代にも存在していたが、勧業会に見られる「公共性」は、清末の光緒新政期におけるネーションの萌芽と共に誕生した都市空間であった。つまり、旧来の公共空間である「市」や廟会とは、その性格を異にしている。自然発生的に形成された「市」や廟会には、所謂、社会教育的システムはなく、「市」は都市の物理的機能として働き、廟会は市民の集いの場としてあった。それに対して、勧業会は当時の政府により、ネーションの形成を目的として意図的に造られた官製の公共空間であることに従来にはない都市空間の「近代性」を指摘できる。
 なお、南洋勧業会(南京)では、ネーションを表現する手段として、建築表現にも看過できない特徴が見られる。1920年代後半、南京を中心として中国における民族建築の復興がピークを迎えるが、それより以前、南洋勧業会では国産品を奨励し、建築表現には意図的に中華風意匠が採り入れられていた。中国におけるナショナリズム建築の歴史を辿るとき、南洋勧業会はその嚆矢と言っても過言ではなかろう。

2.日本の内国勧業博覧会の影響
 中国における勧業会の開催は、大阪で開かれた第5回内国勧業博覧会(1903年)を契機としていた。当時、中国は勧業会の開催を通して、光緒新政における斬新さの表現を目論んでいたが、そこでは、日本が手本とされ、天津では、日本の商品陳列所、勧業場、日比谷公園などが好個の事例となっていた。一方、南洋勧業会では、勧業会の理念、展覧項目の計画、平面計画など、多くの点で当該勧業博覧会が参考にされたが、実際の勧業会場の設計では、イギリス人建築家を充て、洋の東西にわたる多様な様式が摂取されていた。勧業会の組織者は、こうして造られた公共空間により、ナショナリズムを背景とした中国独自の勧業会を主体的に演出したと考えられる。

3.新しい共同体創出のための空間
 勧業会の空間と建築は有形の場である。この場は新しい共同体、ネーションの形成にとって重要な役割を果たしており、特に、形成初期には不可欠であったと考えられる。古来、仏教の伝来初期には、石窟寺院、塔院が布教の拠点となったように、宗族社会の中国では祠堂がそれを担っていた。さらに近代以降では、博物館、記念碑、記念堂などがナショナリズムの醸成に重要な役割を果たしてきたが、清末に開催された南洋勧業会の存在意義は、ネーションの形成に不可欠の物理的「容器」を提供したことにある。この容器を巧みに用いることで、ネーションの意識を醸成し、定着させることができたと推察できる。

 今後の課題としては、本研究では言及できなかった勧業奨進会(武漢、1909年)・西湖博覧会(杭州、1929年)等で開かれた博覧会について、当該調査を行い、これにより、清末から民国期にかけて開かれた主要な博覧会と都市空間の再編過程の全体像の解明を目指したい。

成果発表論文
1.徐蘇斌・青木信夫「南洋勧業会与近代城市空間的創出」(邦題:南洋勧業会と近代都市空間の創出)『中国近代建築研究与保護』(清華大学出版社、2008年7月、第6輯、641〜653頁)
2.青木信夫「清末天津勧業会場与城市的近代」(邦題:清末天津勧業会場と都市の近代)『建築理論:歴史文庫』(採択決定、中国建築工業出版社、2008年12月出版予定)
3.徐蘇斌・青木信夫「創造近代公共空間」(邦題:近代公共空間の創出)『天津市社会科学界第4回学術年会優秀論文集』(採択決定、天津人民出版社、2008年12月出版予定)
2008年8月
(敬称略)

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