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研究助成

成果報告

2006年度

アートプロジェクトの事例に基づく文化事業評価のあり方

NPO法人recip[地域文化に関する情報とプロジェクト]理事
吉澤 弥生

 「アート」を掲げた様々な社会的事業が各地で実施されている。文化芸術を通じた公共性の担保や地域社会の活性化を目指すもの、市民の参加を促すことでその生活の質の向上をはかるものなど実に多彩である。実施形態としては、行政や企業とNPOの「協働」による事業、またボランティアやワークショップを活用した市民参加型の事業が目立つ。本研究では、「芸術の社会化」「生活の芸術化」を目指す様々な文化事業を「アートプロジェクト」と位置づけ、その継続的な事業展開のための適切な評価システムのあり方を探究することを目指した。
 一般的に事業のマネジメントにおいては、種々の目的に即した計画を立て、実施し、事後評価を行う(PDCAサイクルplan-do-check-act cycle)ことで、将来の事業や施策・政策に活かすべき成果と課題が共有される。本研究では、ヒアリングやアンケートを通じ、複数のアートプロジェクトの場で多面的な情報を収集した。そこから、各々のプロジェクトやその基盤たる事業計画や施策に応じた客観的指標の抽出を行い、柔軟性ある評価システムを提示したいと考えた。
 しかし現場での調査を進めていく中で、文化芸術領域においては基礎的な記録が不十分であるだけでなく、個々のアートプロジェクトの基盤である事業計画ないしは文化施策の目標がそもそも不確定な場合がある、という実態が明らかになってきた。あるいはまた、10年計画だったものが5年を経過したところで中止となるなど、文化事業計画や芸術文化施策に一貫性がないという問題にも直面することとなった。つまり、個々のプロジェクトの評価以前に、その基盤たる事業計画、施策・政策目的を整備し、適切に実施することがまず必要なのである。
 計画なくして評価はない、というのがひとまずの結論である。「芸術の社会化」「生活の芸術化」を目指す数々のアートプロジェクトがこれからの「市民社会」構築の一つの契機となるならば、まず確かな政策理念のもとで、財政的基盤が確保されなければならない。そして事業責任者には、長期的な視野のもとで一貫性(と柔軟性)のある計画を策定することが求められる。またそれを実効性のあるものにするために、政策形成段階から、個々のプロジェクトの現場を担う専門家を巻き込むことなども必要である。その一方で評価につながる要素として、数値化できない事象、例えばプロジェクト参加者がその体験を日常生活に活かす仕方や、その人が後に別のプロジェクトに参加したり自身で何かを企画するようになったりといった「飛び火効果」について、丁寧に記録を蓄積していくことも重要である。
 冒頭に挙げたようなアートプロジェクトは今後も各地で行なわれていく。今後は、その継続的な事業展開のために、芸術の社会性や公共的な力を問うべく、「パブリックアート」の実践に焦点を絞り、引き続き研究を進めていきたい。

(敬称略)

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