成果報告
2006年度
地域経済と少子化対策の融合
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ドイツの「家族政策地域同盟」の実例を参考として
- 筑波大学大学院人文社会科学研究科教授
- 本澤 巳代子
2004年の初めに、ドイツ連邦政府による新しい家族政策として、家族省大臣レナーテ・シュミットとドイツ産業・商工会会頭のルードヴィッヒ・ブラウンとの合意により発足した家族のための地域同盟イニシアティブから発展したものが、「家族のための地域同盟(Lokale Bündnisse fur Familie)」である。市議会、地域行政、企業、労働組合、商工会、教会、関係施設、各種の協会・協同組合、家族をはじめとするボランティアが、地域ぐるみの横断的パートナーシップを形成することにより、家族にやさしい環境づくりを推進しようとする活動である。この地域同盟の活動を推進するために、連邦家族省は、地域同盟の設立・運営に関する無料相談に応じたり、相互の地域同盟の連携を仲介したりする「サービスビューロー(Servicebüro)・家族のための地域同盟」を設置した。
本研究は、このような背景を持つ「下からの意識改革と社会変革」を目指すドイツの家族政策地域同盟が、どのような基準で設立され運営されているのか、その成果は上がっているのか、地域の経済界がどのように関わっているのかなど、現地調査によりその実態を明らかにすることである。現地調査に当たっては、調査先の選定やアポイント取得などにつき、共同研究者であるマイヤー・グレーヴェ教授の協力を得つつ、共同研究者・姫岡とし子および原俊彦ならびに研究代表者・本澤巳代子が現地での聞き取り調査を行うとともに、調査先において最新資料の収集を行った。
2007年5月15日現在、ドイツ全国にある地域同盟の相談拠点数は629であり、そのうち地域同盟として組織されている数は400(6月15日現在では、411に増えている)にのぼっている。地域同盟の対象領域で生活する人の数は4100万人、すなわち全人口の半分以上にも達している。また、地域同盟に関係している団体や組織の数は1万にのぼり、そのうちの3000は大小の企業である。例えば、ドイツ商工会議所のブラウン会頭によれば、2007年5月現在で、ドイツ商工会議所の会員で地域同盟に積極的に係わっている商工会の数は70あり、関係する地域同盟の数は122にものぼるとのことである。地域同盟の活動は、それ自体が社会活動であり、地域社会の活動であるから、州によっても同盟によっても中心的役割を演じる主体は様々である。例えば、バーデン・ヴュルッテンベルク州では、地域同盟の設立・運営について、行政が指導的役割を演じることに対して強い抵抗感があるのに対し、ノルトライン・ヴェストファーレン州やシュレスビッヒ・ホルシュタイン州では、行政が中心になって地域同盟を強力に組織化している。地域同盟の設置割合が最も高いのはザーラント州であるが、同州では、州の家族省が率先して地域同盟の設置を促進してきた経緯がある。
地域同盟の活動のあり方も、また様々である。例えば、ライプチヒ市の地域同盟は常設的なものではなく、何かテーマやアイデアがあるときに随時集まるという方式である。まだ誕生して間もないキール市の地域同盟は、大小の企業が集まって、相互に経験を交換し合って学習する場となっている。要するに、地域同盟には決まった形態はなく、家族にやさしい社会を構築するために、社会の構成員(企業や市民の団体・組織)と行政との間にある境界線をなくし、その協働関係構築の橋渡しをするネットワークこそが、地域同盟の実態である。もっとも、活発に活動している地域同盟を見ると、活動拠点となる事務所や資金を提供する地方自治体や企業や地場産業の協力、また活動の中心となれる専門知識と実務経験を有する人材の確保が重要な鍵であるということ、そして活動を支える商店等や市民の熱意など地域社会の構成員全体の協力が必要であるということである。
ドイツにおける家族政策地域同盟から学ぶべきことは、地域社会の構成委員一人一人が家族にやさしい人間となり、血の繋がりを越えた地域社会の中での育児や介護のネットワークを自ら築いていくことであり、地域の産業や商店を大切にし、経済的にも社会的にも人間的にも地域力を高めて行くことが重要であるということであろう。家族政策に係わる国・州・地域という縦糸と、各地域にある活動のネットワーク化としての地域同盟および地域同盟相互のネットワーク化という横糸とが、上手くかみ合ったとき、ドイツの社会は家族にやさしい社会となることができるであろうし、それは老若男女を問わず人にやさしい社会ということになるであろう。
(敬称略)