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研究助成

成果報告

2006年度

インド経済の発展とヒンドゥー社会のゆくえ
― タミル灌漑農村コミュニティの変容の力学

京都大学東南アジア研究所教授
藤田 幸一

 本研究の目的は、インド・タミルナドゥ州のため池農村地域を対象として、ため池を中心に維持されてきた農村コミュニティ(カースト制を軸に編成されたヒンドゥー社会)が、ため池とその機能の劣化(degradation)や都市化・工業化の進展による社会の流動化などに伴って、いかなる変容の過程にあるのか、そしてそのような変容のもつ生態環境論的、および社会経済的意義を明らかにすることにある。
以上の目的を達するため、次のいくつかの小課題を設定した。
1)ため池とその機能の劣化の現状を正確に把握し、また劣化を防止・修復するために数年前に実施されたEC(European Commission)によるため池修繕プロジェクト(以下、ECプロジェクト)の効果を測定し、見極めること。 2)ため池とその機能の劣化が水稲作面積や収量、作付の変化等にいかに影響し、井戸の掘削など農民がそれに対していかに対応してきたかを明らかにすること。
3)ため池やそれによる灌漑農業を維持してきた村内の労働力編成や階層間関係が、村内外の労働市場をめぐる諸要因の変化に伴っていかに変化し、それによって農村社会がいかなる変容を遂げたのか、その実態と論理を明らかにする。特に、土地の不平等な分配と土地なし労働者の滞留という現状を鑑み、都市化・工業化による労働力流出と水稲作におけるコンバイン・ハーベスターの急速な普及による雇用不安の実態を明らかにすること。

 小課題1)は、タミルナドゥ農科大学のPalanisami教授を中心とする研究チームへの委託調査という形で実施した。具体的には、ため池が多い4つの県(district)からECプロジェクト村とそれ以外の村をおのおの25選び、両者を対照させることによって、ECプロジェクトの効果を測定するものである。その結果、ため池とその機能の劣化は着実に進んでおり、またECプロジェクトは、ため池の浚渫や堰堤修復、用水路のコンクリート化など小規模な改善を行うものであり、その効果はマクロ的にはあまり大きくなり得ないことが明らかになった(詳細は、添付の報告書参照)。
 小課題2)については、河野泰之と佐藤孝宏が中心になって対応した。小課題1)で対象とした4県のうち、とりわけため池の多い2県を対象として、政府機関等が発行する各種統計データを入手・分析するとともに、複数の村で水利などに関する聞き取り調査を行った。その結果、1980年代初頭以降、ため池の劣化に加えて、降水量や山地流域からの流出量が減少したために、2県全域でため池灌漑面積は減少傾向にあること、これに対して農民は、西部の上流域では、豊富な地下水を利用した井戸灌漑を導入し、水稲作収量の増加や野菜・果樹等の導入による作目の多様化を達成していること、しかし地下水が乏しい東部の下流域では、不安定なため池灌漑に依存せざるをえず、渇水年には灌漑面積が大きく減少し水稲作が大規模な干害を受けるなど、コメ生産が不安定化し、農村人口が減少しつつあることが明らかになった。
 最後に小課題3)の主な担い手は、藤田幸一と佐藤慶子である。上記西部と東部の中間地域に位置するS村を選定し、詳細な調査を実施した。まず集落の全体状況を把握するため、S村から2つの集落を選び、世帯の悉皆調査をかけ、世帯構成や職業分布、土地分配、作付、農業生産、家畜保有などの概況を把握した後、約30人の農民に対する水稲作や雑穀作(ソルガム等)、豆作の詳細な生産費調査を通じて、農村の労働市場とコンバイン・ハーベスター普及の社会経済的な背景要因を探る作業を行った。その結果、教育のある若年層を中心とした活発な村外への非農業就業への労働力流出の一方で、教育のない土地なし農業労働者が多く滞留していること、にもかかわらず賃金率上昇のあおりを受け、コンバインの使用が経済合理性をもつに至っていることなどが明らかになった。

 以上が初年度の研究概要である。第2年度の研究は、小課題2)と小課題3)をさらに追究する。研究対象地域は、西部が最も降水量に恵まれ、東に行くほど乾燥がきつくなっているが、初年度は主に中部のS村を選定してインテンシブな調査を行った。第2年度は、生態環境条件が異なる西部や東部において調査村を選定し、同様のインテンシブな調査を行うことによって、課題に接近し、全体のとりまとめを行うことにする。
 また、初年度の結果および第2年度の結果も順次あわせながら、その成果を学術誌などに発表していく予定である。

(敬称略)

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