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研究助成

成果報告

2006年度

今日の日本における政治の「全国化」と行政の「地方化」に関する相補性仮説の検証

学習院大学法学部教授
平野 浩

 今日の日本においては政治の「全国化」が進みつつあるように思われる。この場合の「全国化」とは、政治における意思決定のスタイル、意思決定に関わる行動パターン、意思決定の根拠やロジック、決定された政策の実施等に関する全国的な普遍性の広がりを指す。この「全国化」の対概念が「地方化」であり、これは上記の諸点に関して個々の地域における特殊性が優勢となる傾向を指す。例えば経済的な政策決定に関して、国全体に関わるマクロな合理性を出発点に個々の地方で行われるべき事業が決定されるというスタイルはより全国化された政策決定であり、個々の地域のニーズを足し上げることによって国全体の経済政策が形成されていくというスタイルは、より地方化された政策決定であると言える。こうした意味で、全国化/地方化という対概念は、集権化/分権化という対概念と密接な関連を持ちつつも、これとは区別された概念として捉えられるべきである。
 こうした「全国化」が最も顕著に見られるのは選挙政治の領域においてである。最近における有権者の投票行動には、(1)国レベルの短期的な経済変動が内閣評価や投票行動に直接結びつく、(2)個々の選挙区事情を強く反映すると考えられる衆議院の小選挙区において、内閣に対する業績投票が最も顕著に見られる、(3)郵政民営化のような全国レベルの争点が投票行動に明確な影響を及ぼす、(4)候補者評価の要因として、政策的評価の重要性が大きい、(5)党首に対する評価が投票行動に影響を与える、といった傾向が認められる。
 こうした傾向が進んだ背景に小選挙区制の導入があることは言うまでもないが、同時に、選挙政治の「全国化」が執政中枢(core executive)の強化・実質化と表裏一体をなしていることを見逃してはならない。この執政中枢の強化・実質化に関して、例えば経済財政諮問会議に関する実証分析からは、(1)官邸の主導による会議の運営、(2)討議を中心とした会議の実質化、(3)5月と11月をピークとする、政策決定サイクルの形成、(4)与党からのインプットの排除、といった特徴が明らかにされている。
 選挙政治の「全国化」と執政中枢の実質化は、全体として、政策決定に対する個別的利益の要求(特に再分配への要求)を効果的に遮断することを可能とし、またグローバル化の中で、国際的な政策的インプットと国内的な政策的インプットとを絶縁することをも容易にする。すなわち、このシステムは今日の政策決定者が、解決すべき諸問題に効果的に対処することを可能にするものと考えられる。
 さらに、政治的アクターに対する最近の調査の結果からは、(1)政治家における公共政策指向の高まり、(2)利益団体の連携関係が進み、全国団体化する傾向が見られる、(3)再分配の結節点としての地方団体の役割の増大、等が認められる。このうち、(1)、(2)は明確に政治の「全国化」と整合的な結果である。また、社会階層に関する最近の研究は、階層格差の問題が社会の年齢構成(高齢化)、雇用形態(正規雇用と非正規雇用)、家族形態(単身者家族の増加)、就職時の経済状況など、マクロな政策的対応を必要とする問題であることを明らかにしており、これもある種の「全国化」された政治プロセスを要求するものであると考えられる。
 その一方で問題になるのは、それでは個別的な(特に地方的な)政策需要の表出と集約を誰が担うか、である。選挙政治の「全国化」によって、政治家が地方的な利益の代弁者として役割を減ずるとしても、地方の政策需要そのものが減少するわけではない。例えば社会的な格差に関しても、上では触れられていない地域間格差の問題が実は最も大きな問題の一つであることは言うまでもない。そこで考えられるのが、地方団体に期待される役割の増大である。先述の通り、政治的アクター調査においても、再分配の結節点としての地方団体の役割の増大が認められた。従って、今後、こうした地方団体が政策需要の表出、集約、さらには決定された政策の実施まで含めたプロセスに中で、従来以上に大きな役割を果たす傾向――行政の「地方化」――が、政治の「全国化」と相補的に進む可能性が高いのではないかと予測される。ただし、行政の「地方化」に関しては、政治の「全国化」ほど明確な実証的知見は得られなかった。今後、「三位一体の改革」の進展などの中で、こうした行政の「地方化」が実際にどのような形で進むのか(あるいは進まないのか)を明らかにすることが残された課題である。

(敬称略)

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