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研究助成

成果報告

2006年度

「失われた10年」の再検討

慶應義塾大学法学部教授
添谷 芳秀

 本研究は、1990年代の日本の外交・安全保障および政治・経済・社会の領域(政策、政策形成過程、社会的変化)において起きた変化と新たな発展を、戦後の長期的脈絡を念頭に起きつつ、実証的に再評価することを目的として行った。
 本研究を通して、1990年代の日本の外交・安全保障および政治・経済・社会の領域において、冷戦時代の国際潮流や日本における「1955年体制」の趨勢が残存する一方で、新たな時代潮流を形成する重要な変化が生じていたことが明らかになった。すなわち、戦後日本をここまでの成功に導いてきた諸制度の前提が必ずしも崩壊したということではなく、むしろそれらを基盤としつつ、しかし重要な修正が施されつつある、ということである。
 今日から振り返ってみると、各領域において、小泉政権および安倍政権下で姿を現した実際の変化の多くは、1990年代にその土台が形成されたといえるだろう。1990年代に起きた意識や認識の変化がそれを後押ししたことも重要であるが、ときに意識変化が制度改革の枠を大きく超えることもあり、それが制度改革の過程を撹乱するという逆説的状況も確認できた。
 国民意識や政治の認識構造の変化と、やや中途半端な制度や政策の変革との間のギャップによって、今日の日本は一種の混迷期に入っているのかもしれない。改革に対する一種の反動がひとつの政治勢力として結集する傾向は、その具体的な現象なのだろう。しかし、我々の1990年代の再検討作業は、1990年代に誕生した新たな時代潮流によって、そのギャップはいずれ一定の方向へ修正されていくのではないか、ということを暗示している。それは、基本的に国際主義的発想に支えられた外交と安全保障政策であり、東アジアの地域主義およびそれと必ずしも矛盾しないグローバリズムと共鳴する形での日本の政治・経済・社会の制度変革という方向性である。
 その判断には希望的観測が含まれるかもしれないが、本研究では、それが必ずしも根拠のない希望ではないことを明らかにできたのではないかと思う。それだけに、我々市民の自覚、そしてそれを活かす政治の意志が重要になる。今後本研究の成果を世に問うことによって、ささやかながらそうした問題を提起できるとすれば、プロジェクトメンバー全員にとって望外の喜びである。

(敬称略)

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