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研究助成

成果報告

2006年度

希望学
― 岩手県釜石地方における希望の位相に関する調査

東京大学社会科学研究所助教授
玄田 有史

 「希望」を、現在ないし未来への具体性を帯びた展望とすれば、その社会的位相を問うことは、人々の生きる意味や社会変動の方向性を問うことでもある。その意味で、近年、希望の喪失、もしくは希望の格差といった指摘が、様々な角度からなされることは、看過できない問題である。しかし歴史を振り返ってみれば、希望の喪失や格差に類する社会の閉塞感は、必ずしも現代に固有のものではなく、一定の波動を描きながら繰り返し発生しているのもまた事実であろう。現在における希望をめぐる社会状況を正確に把握するためには、社会調査等による現状分析を行う一方で、包括的な歴史分析が重要となる。希望の位相は、同時代であっても個人差が存在し、地域や社会階層による差異も大きい。そこで我々は漠然と様々な地域の人々の希望を集めるのではなく、対象地域を明確に絞り込むことにした。
 本研究が具体的な対象地域としたのは、製鉄の町として知られる岩手県釜石市である。釜石地方は戦前から最近に至るまで、釜石製鉄所を中心に限られた空間の中に労働者を中心とする多くの社会階層を包摂してきた。近代日本の産業発展とその後の展開が集約的な形で現れるこの町に暮らす人々はどのように希望を語るのだろうか。この問題を様々な社会科学的な研究方法で総合的に研究することが調査の狙いである。
 2006年7月17〜20日に行った第一次現地調査には、15人の研究者が参加し、アンケート調査のための準備やインタヴュー対象者の選定、座談会、史料所在調査といった様々な予備調査を行った。また同年9月24日〜30日に行った第二次現地調査には、26人の研究者と6人のアシスタントが参加して、集中的にインタヴュー調査や文書調査、アンケート調査を行った。第二次調査におけるインタヴュー対象者数は、のべ136人という多数にのぼった。ちなみに東京大学社会科学研究所がかつて実施した総合地域調査としては1952年の「日本社会の基礎をなすコンミューニティーの総合的社会実態調査」(対象地域: 群馬県新田郡強戸村)以来の規模となった。各調査グループは、2006年11月以降も追加的な現地調査やアンケート調査が行っており、これまでのべ200名を超える聞き取り調査を実施してきた。
 以上の研究成果の一部は、2007年3月3日に釜石市民会館において公開シンポジウム『釜石に希望は有るか』にて発表され、約200名の参加者を含めて熱心な議論が展開された。「希望」をキーワードとして過去から現在にいたる釜石地域の歩みを検討した結果、(1)社会・経済状況の変化に応じた希望の再編、(2)地域社会における希望の共有、(3)希望の基盤としてのネットワーク形成といった点が、「地方の希望」を考える際に重要な論点となり得ることが見出された。併せて外部との接触を通じて地域の伝統を再発見することが、地方における希望再生に重要であることも発見された。
 また上記の調査を紹介した論考は共同通信を通じて複数の全国地方紙に配信された。現在は、各調査をとりまとめている最中であり、2008年度に以上を総合した書物を学術出版することを予定である。

(敬称略)

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