成果報告
2006年度
平和的な地域変容の分析モデル構築に関する国際共同研究
- 慶應義塾大学総合政策学部教授
- 香川 敏幸
本研究グループは、冷戦後の国際社会が直面する変容(移行)のダイナミズムを乗り越える手法は存在するかという問題意識を共有する内外の研究者により2005年より共同研究をおこなっている。2006年度は、2005年度に構築した仮説としての分析モデル(資料参照)の検証作業のために、研究対象地域を旧ユーゴスラヴィアだけでではなく、中央アジア、コーカサス、ポーランド、ウクライナなどに拡大、比較研究を行うこととした。また、対象地域であるウクライナからアレクサンドル・ロガチ(Alexandr Rogach)キエフ国立大学教授を新たに研究メンバーに加え、ジョルジオ・ドミネーゼ(Georgio Dominese)ルイス大学教授兼中東欧大学間ネットワークコーディネーターの協力を得ることとした。
2006年度においては、研究メンバーが、環境問題を軸としてEUからの規範と制度の中央アジアへの波及の可能性とそれに伴う地域変容の可能性について日本計画行政学会第29回全国大会(2006年9月)で報告を行い、冷戦後の地域紛争の一因であるインセキュリティ・ジレンマ(Insecurity Dilemma)の地域協力による克服の可能性について考察を試みた。これは、EU発の環境問題に関する規範・制度が旧ソ連圏に対し波及可能であるのか否かを明らかにする試みでもあった。結論としては、Insecurity Dilemma克服のための地域協力の必要性は理解しつつも、国家主権の強化、自国経済の発展を最優先する中央アジア諸国においては、その主権を相対的に弱体化させる地域協力・環境規範の受容は困難を極めるものであることが明らかとなった。(報告セッションの座長総括及び報告要旨は、日本計画行政学会編『計画行政』pp.43-46、第30巻第1号、2007年3月、に掲載)。
また、2007年6月にはシンポジウム『国際社会とボスニア・ヘルツェゴビナの変容』を開催した。同シンポジウムは、ボスニア・ヘルツェゴビナの内戦とその後の経緯について国際社会の文脈と現地の内部の文脈からの分析を試みるものであり、内戦に単に当時国内の社会的環境の変化だけではなく、外部要因が影響をもたらしていると共に、2001年の「9/11事件」以後の対テロリズム戦争によって明確になった新保守主義と呼ばれる思想的潮流が冷戦崩壊後からアメリカ社会(外交政策)内に芽生えつつあったこと。旧ユーゴの内戦が、まさに国際社会を通底する価値観の変容の一表象であったことが明らかとなった。
以上の学会報告、シンポジウムの内容は、近年のロシア、中国の国際社会における台頭と、それに伴う「新冷戦」とも叫ばれる国際構造の変化が、価値を共有可能な地域間による「文明の衝突」的様相を示し始めていることに通じるものである。他方で、各地域が平和的に変容し、安定を得るために基盤となる共有可能な価値の発見と創造の重要性が明らかとなったといえる。
なお、2006年度のシンポジウムの内容を含め研究成果については、2005年度のシンポジウムとともに2008年3月までに報告書として編纂する予定である。
(敬称略)