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研究助成

成果報告

2006年度

世界文化遺産の概念と国際的保護制度のあり方に関する学際的研究

東京大学大学院法学政治学研究科教授
大沼 保昭

 本研究は、2005年5月から研究会を開始し、直近では2007年8月10日に行い、今後さらに研究会活動と研究合宿を重ねて行く予定である(次回研究会は、10月2日に、世界遺産保護にとって法的に重要な意義をもつ「文化的権利」概念を、真に普遍的な概念として再構成するため、文際的視点から検討する研究会を予定しており、その後も文化の多様性と普遍性、世界遺産保護における欧米中心主義の克服などの問題について研究会を重ねていく予定である)。
 こうした研究会活動と2度にわたる研究合宿による遺産保護の現場の視察、関係者からの聞き取り、意見交換の積み重ねは、国際法、国際政治、世界遺産保護研究、日本文化財保護研究、国際文化論など、専門を異にする研究会メンバーにとって、貴重な相互学習の過程だった。ただ、当初の研究会での報告は、個々のメンバーの問題関心を研究会メンバー全員が共有するという目的があったことから、テーマ選択に一貫性が乏しく、共通の学際的基盤の確立にやや問題があった。
 そこで、2006年4月から河野靖『文化遺産の保存と国際協力』をはじめとして、共同研究に必要な文献の合評会を中心とする研究会活動を継続的に行い、その中に個々の研究会メンバーや外部講師による研究報告を配置する研究会活動を行ってきた。この過程で、文化、国際文化、文明の概念、普遍的価値と文化・文明との関係などにつき、徐々に研究会としての共通認識が深まりつつある。
 こうした研究会活動と研究合宿の結果、ほぼ次の点が共通認識として明らかになってきた。(1)世界遺産保護、特に有形遺産保護は、文化遺産を中心とする欧州の保護への動きと制度化、自然遺産保護を中心とする米国の動きと制度化が合体して国際的な保護法制がつくられ、運用されてきた。(2)有形遺産保護についてこうした欧米中心的な動向を批判的に検討し、人類的規模の正統性をもつ保護法制への転換をはかる動きは微弱であり、今後改善の余地が大きい。(3)無形文化遺産保護については、有形遺産保護における欧米中心主義に批判的な視点から、非欧米の文化遺産の保護という視点が意識的にとられてきた。(4)他方、特にアフリカなどにおける無形文化遺産には、その普遍的価値という点で疑問が提起されるものもすくなくない。(5)人類的規模をもつ普遍的価値性と、世界遺産保護における欧米中心主義の克服には、以上の(1)-(4)の問題を総体的にどのように位置付けるか、という重要な理論的・実践的問題がのしかかっている。(6)日本の文化財保護法制は、「人間国宝」という優れた概念など、国際的・文際的に貢献できる内容を備えており、その批判的検討と共に、対外的発信が望まれる。(7)本研究会で研究代表者が提起した「文際的視点」は、こうした(5)の課題に取り組む理論的な枠組みの試みだが、その有効性・適切性については、今後さらにケーススタディを含む検討を重ねる必要がある。
 このように、研究会全体として、これまでの欧米中心主義的な世界遺産保護のあり方をどのように克服して行くか、真に人類的規模の正統性をもつ世界遺産保護法制をどのように研究し、構想し、提案していくかという問題は、今後の重要な課題として残っている。2007年度の残りの期間は、人権としての「文化的権利」と、その文際的基礎の模索を中心に研究を続け、さらに共同研究の質を高めて行きたいと考えている。

(敬称略)

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