成果報告
2006年度
日本の造型にみる異文化接触
- 大阪大学総合学術博物館教授
- 泉 万里
この研究活動は、辻惟雄氏を代表とする「かざり研究会」のメンバーによって、おこなった。「かざり研究会」は、1988年に美術史、芸能史、文学、民俗学の枠をとりはらって「かざり」をキイ・ワードとして日本文化を考察することを目的として発足した。その後も、その学際的研究は、断続的に行われてきたが、このたびの助成金によって、その活動を本格的に再開し、研究会と見学会を企画、実行した。
2006年度から2007年度前半にかけて、文化的境界線上に生まれるさまざまな形(造形や芸能など)を、テーマとしてとりあげ、研究発表と討論、および見学会をおこなった。
見学では、国立歴史民俗博物館所蔵の輸出漆器の観覧や、多摩美術大学美術館の狩野派の粉本展の観覧など、博物館、美術館での観覧のほかに、祭礼見学を5月に行った。メンバーである芸能史研究者の適切なガイダンスのもとに、あまり知られていない富山県の城端曳山祭りというユニークな祭礼を二日間に亘って見学したことは、大きな収穫であった。この祭礼は、江戸時代に、京都や江戸の祭礼に刺激されて創出された祭礼である。したがって、そこにはさまざまな異文化接触の痕跡がみられた。作り物や、屏風かざりなどとともに、印象に残ったのは、「庵唄」という屋台の下で演奏される唄である。都市の遊興の場で歌われていた小唄が、神に奉納される唄へと変貌しているさまは、きわめて興味深い。場を、非日常的なものに昇華させる(「かざる」)音や唄の役割の大きさに、あらためて気づかされた。音や唄というものも、今後の、かざり研究会のあらたな研究課題の射程にいれるべきものであろう。
9月には、新たな形の見学会を計画中である。それは、現在、美術工芸の職人として活躍されている方々との対話集会である。伝えられている技術や復元される技術の情報を得ることは、メンバーそれぞれの研究に寄与するものが多いと予想される。過去の技法や技術の復元は容易ではなく、往々にしてそこには「ずれ」が生まれる。しかし、その、ずれを踏まえたうえで、得られる知見も少なくないと考えている。
本研究会の活動は、美術史、芸能史、歴史、民俗学など領域を超えた研究者が、忌憚無く、現在進行中の研究について語り合えるというところにユニークな特色がある。今後も、この研究会の雰囲気をまもりつつ、研究発表と見学を続けて行きたい。
(敬称略)