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研究助成

成果報告

2005年度

ポスト共産主義時代のロシア東欧文化

東京大学大学院人文社会系研究科教授
沼野 充義

 1990年代以降のロシア東欧を「ゆるやかな文化圏」と見なし、そこで進行している複雑な現代文化創造のプロセスを広い視野からとらえようとするインターディシプリナリーな共同研究で、2004年度からの継続である。
 主要な共同研究者は、昨年度から継続の9名に、ヘンリク・リプシッツ氏(ワルシャワ大学講師、元駐日ポーランド大使)と中井和夫氏(東大教授、ウクライナ史)の2名が加わり、計11名となった。また、それ以外にもゲストスピーカーを随時呼び、ロシア東欧関係の文化人・研究者の幅広い参加を得ることができた。また大学院博士課程在学者やいわゆるオーバードクターの研究者にも、積極的な参加してもらい、若手育成にも力を注いできた。
 研究の進め方としては、昨年度から引き続き、各共同研究者がそれぞれの地域について独自に調査・研究を進めながら、研究集会で情報・意見を交換し、討論し、地域全体のパースペクティヴを得るべく努めるという方法をとって進めている。
 研究成果は、2005年2月1日に開設した研究会のホームページの更新を定期的に行い、活動全般を積極的に公開し、研究会報告のレジュメまたは全文を掲載している。また2004年度以来の研究成果の一端を示すものとして、簡易製本による論集『ポスト共産主義時代のクロノトポス』を刊行し(12本の論文等を掲載、2005年11月刊、B5版190ページ、300部印刷)、研究者および一部のマスコミ関係者に配布した。
 グループの主要メンバーが参加する研究会合としては、昨年度3回行なった後を受けて、第4回・第5回を行なったほか、最後に、日本やアメリカにも視野を広げ、公開で以下のような国際シンポジウムを行った。
 国際シンポジウム「ポーランド・日本・アメリカ――境界を越える文化」2006年6月16日(金)午後4時〜7時 報告者 柴田元幸(東大教授)、Roger Pulvers(東工大教授)、Henryk Lipszyc(元駐日ポーランド大使、ワルシャワ大学講師、このシンポジウムのためにポーランドより招聘)。
 こういった基本的な研究会合とは別に、随時、ロシア東欧の研究者や文化人を招き、研究会の基本メンバー以外にも、ロシア東欧研究者に広く声をかけて、講演会などを開催し研究の交流と活性化をはかった。講師として招いたのは、野崎美子(モスクワ在住・演出家・俳優)、George Witte(ベルリン自由大学教授)、山崎佳代子(ベオグラード大学助教授、詩人)、Julian Connolly(ヴァジニア大学教授)、Liudmila Ermakova(神戸市外大教授)、三好俊介(国際語学アカデミー講師)、鴻野わか菜氏(千葉大助教授)など。
 これら一連の研究会合・シンポジウム・特別講義などで扱った話題や地域はきわめて多岐にわたり、簡単に整理すると、おおよそ以下のようになる。

ロシア関係――ロシアにおける日本マンガの流行、現代演劇における古典(フォメンコ演出の場合)、モスクワの演劇事情、アバンギャルドの詩学、現代都市文化研究の方法と実践  ウクライナ――アイデンティティを模索するウクライナ  ポーランド――文化の現状:EU加盟とその影響、ドイツにおけるポーランド移民の文学  ルーマニア――文学・文学の現状  旧ユーゴスラヴィア圏――ユーゴスラヴィア解体とアンドリッチ、現代セルビア詩
 もちろん、このように多様なテーマを扱っていてはどうしても総花的になり、個々の問題について深められなかったといううらみは残る。しかし、普段あまり交流する機会のないロシア東欧の文化研究者が狭い専門分野を超えて集まって議論・情報交換をし、現代ロシア東欧文化をより広い文脈から見るための土台を作ることには成功したのではないかと思われる。またこの分野ですでに実力を蓄えていながら、なかなか活動の場を与えられないでいる若手研究者のために多少なりとも活動の場と刺激を与えることができた。ロシア東欧を西欧とも、もちろんアジアとも一線を画す「ゆるやかな文化圏」としてとらえる作業を通じて見えてきたことは、各国のナショナリズム・固有の文化探求の機運が西欧およびロシアという「大きな価値体系」と複雑な相互関係のうちにあり、グローバリゼーションの流れのなかでローカルなものが守られつつも微妙に変容するプロセスが進行中だということである。
 この研究グループのこれまでの活動成果を踏まえて今後さらに、研究を深めるべき課題は多い。一方では、各国別に個別の研究を深めていく必要があるが、他方、ロシア東欧の様々な分野の研究者をゆるやかに糾合しながら総合的にこの地域を見ていくための研究グループは今後も必要であると思われる。科研費や、その他の公的研究資金を得て、さらに研究を充実・発展させていくことも検討中である。(2006年8月31日記)

(敬称略)

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