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研究助成

成果報告

2005年度

近代天文学の宇宙像受容をめぐるキリスト教と儒教の比較
― 東西「18世紀」思想の共時性の解明をめざして

名古屋大学大学院経済学研究科教授
長尾 伸一

 かつて近代的宇宙像の形成は、合理化された科学的世界と近代的人間観を生み出したと考えられてきた。しかし最近の研究によって、17、8世紀には宇宙像の転換が、古代的宇宙像の上に築かれた伝統思想を継承したキリスト教的世界観と結びつけられ、自然と倫理を結びつける新しい総合を構成したことが明らかになりつつある。本研究は新しい宇宙観の吸収による伝統思想の自己刷新が、ヨーロッパとアジアに同時代的に見られるかどうかを検討する。それによって18世紀の東西思想が持つ共時性を、キリスト教と儒教という古代的知が宇宙像の転換に対応したという点からとらえ、「啓蒙」、「近代」、「人権」などの観念を解体する出発点を与えることをめざした。

 その結果、以下の3点にわたる視点を得ることができた。

 第一に、18世紀科学の問題を考えるための前提として、西欧主要国の科学のあり方の違いと、19世紀の制度化、専門学化の概略を把握することを試み、18世紀における科学の性格の違いには、科学的・技術的知を国家のガヴァナンスに組み込む必要が生じたためにはじまった近代国家と科学のかかわりがあることを確認した。それがとくに英仏の顕著な相違を生み出したといえる。また科学的知の国家への取り込みという点では、東アジア諸国の間でも、中国、日本、朝鮮それぞれに相違が見られた。

 第二に、東アジアでの科学と伝統的知とのかかわりを知るために、18,19世紀のニュートン主義の受容のあり方を、科学啓蒙家、吉雄常三の例によって検討し、その結果、儒学的な世界観の上にニュートン主義の科学と宇宙観を忠実に吸収した、一種の東洋的ニュートン主義としての性格を明らかにできた。このヨーロッパと北東アジアの不思議な類似性は、18世紀のヨーロッパ科学が専門的学ではなく、まだ倫理学や神学などと結びつきを保った総体的な知識の一部だったことにも一つの原因がある。このような出会いは、科学の制度化が完成しつつある時代である明治以後に行われた、西洋科学の「導入」とは異なっていた。そして当時のヨーロッパの知のあり方自体が、そうした「異文明間の対話」を可能にし、「翻訳」がそのための舞台を提供していた。

 第三に、知の固有の「18世紀性」(東アジアについては18世紀からアヘン戦争までの時代)の背景を探り、それを「公共圏」と出版文化の発展によって生み出された、一種の早期の情報化の進展に見出した。それはとくに西欧と日本に同時的に見ることができる。18世紀は現代に転換期であるために、19世紀以後の制度化された知の世界の幕開けであるとともに、制度的未成熟さ、混沌さという点で、現代の情報化に先行した時代でもあったと考えられる。

(敬称略)

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