サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > 研究助成 > 助成先・報告一覧 > 「夢語りの場」の創成

研究助成

成果報告

2005年度

「夢語りの場」の創成
― 夢経験の超自然的側面に関するメディア論的・精神分析的研究

京都大学大学院人間・環境学研究科教授
新宮 一成

2005年度助成対象
「夢語りの場」の創成―夢経験の超自然的側面に関するメディア論的・精神分析的研究
研究代表:新宮 一成


I.「夢語りの場」の概念について
1.中世の夢語りの実践から
 日本中世では、夢は「冥」の世界から伝えられてくる情報、すなわち、神仏からのお告げとされていた。しかも、その情報は、夢を見た個人だけに関係するものではなくて、広く共同体の全体にとって意味をもつものであるはずだという仮定が共有されていた。それゆえ、夢を見た個人は、それを自分の胸の内にしまっておくのではなく、人々に向かって、語り聴かせるという行動をとった。
 共同体の中では、「夢合わせ」や「夢違え」の実践がなされていた。夢を語り合うことで、その内容を、現実の世界の中に実現させたり、実現しないようにしようとした。また、「参籠通夜」によって、神仏から夢をもらい、それによって人生の舵取りを行おうとした。これは非常に一般化していたので、多くの人が、夢をもらうために一つの場所に籠もることになった。そういった濃密な関係性の場では、夢は、個人の内面と結び合わされたものであるというよりは、むしろ共有されたり交換されたりする事物として捉えられていた。
2.現代の夢語りの実践から
 現代は中世のようには夢が語られない時代である。「夢を語る」と言えば、むしろ「将来に向けた希望を表明する」という意味に受け取られるが、このような「夢」という用法は、古代・中世にはなかった。現代において、文字通りの「夢」が情報として機能しているのは、精神分析的な実践の中においてであろう。
 時として観察されるのは、精神分析の中で、夢がテレパシーの媒体として機能したかのように受け取られる場面である。フロイトもこのことに興味を持っていた。一般に、テレパシーは言語によらないで行われる伝達であると思念される。しかし、夢がテレパシー的に働くとしたら、テレパシーとは、夢の表象システムが、個人を越えて広がった場合であると想定できる。人間の夢は、「眠りから覚めたらこの夢を人に語るだろう」という仮定の下で形成されることが特徴であり、形成の時点ですでに「語り」という共同体性を含み込んでいると考えられる。言い換えれば、あらかじめ共同体性が前提されていることによって、夢はテレパシー的な外観を呈することができるのである。
 近代的なテレパシー現象と昔からの「神からの伝えごと」という意味づけとのあいだの違いはどこにあるのだろうか。フロイトの考察を我々なりに展開するならば、神意の伝達という考えが神という媒介を想定しているのに対して、テレパシー現象は媒介を捨象したユビキタス思考であると言える。夢語りの実践の記録を丹念に読むなら、中世の人々は必ずしも神に直接通じることができると考えていたわけではなく、むしろ夢を主体的に相互解釈し、解釈に従って行為し、その結果に神意を読み込んだのだということが分かる。

II.「夢語りの場の生成」の実践について
 そこで、あたかも中世におけるように、夢を複数の人々が語り合ってみると何が起こるのか、ということを試してみようとしたのが今回の「夢語りの場の生成」の試みである。上記の2点を、日本中世史、精神分析学、メディア論の観点から繰り返し研究会を開いて討議した後、「夢の語り手」を募集して、京都の古寺を借りて、「人に語ってみたい夢」を語り合うプロジェクトを催した。集団精神療法の経験者の講演を参考にして、個人的な感情的もつれが生まれないように慎重に実行した。
 夢が情報伝達の知られざる層を形成し、共同体性を示現してくるかどうかを、プロジェクトの記録をもとに考察した。ある範囲の共同体に共通の構造を持った夢が語られたり、また、夢から夢へと受け渡しが行われたりする様子が観察された。ある人の夢の続きが別の人の夢となるかのように見えたり、ある人の夢が別の人の夢の示唆を確認したりするように見える場合があった。そうした夢と夢の受け渡しにおいては、自分の夢と他人の夢の意味を解釈することによって、互いを心的に関連づけていく行為が存在することを確認した。象徴の歴史的共有がその行為を助けた。解釈という行為の重要性が認識された。

III.研究成果の発表について
 ここまでの研究の全体像は、弘文堂から『メディアと無意識-夢語りの場の探求-』と題した単行本として刊行された(平成19年8月刊)。その目次は次の通りである。はじめに(新宮)/序章:コミュニケーションの伏流を求めて(信友)/I.夢をメディアとした社会(酒井)/II.夢見ることから「夢を語ること」へ(新宮)/III.夢語りとテレパシー(丸山)/IV.うわさの現実(酒井)/V.うわさ・夢・ネットワーク(信友)/VI.ネットワーク-言語の情動経済(信友)/VII.夢語りの場の実践(参加者の発言記録)/終章:無意識のメディアを生きる(新宮)

(敬称略)

サントリー文化財団