成果報告
2005年度
バイオ産業の経済倫理学
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米中日比較を中心に
- 大阪市立大学大学院経済学研究科教授
- 佐藤 光
本研究では、産業や経済の要請と生命倫理の関連に焦点を当てた。
まず産業や経済の要請という点については、情報技術(IT)やバイオテクノロジー(BT)などの先端技術とそれらを基礎とした先端産業の育成・振興が、日本経済の世界経済における相対的地位を低下させないために不可欠であるといってよい。BTとBT関連産業(たとえば医薬品産業)に関して問題なのは、日本のそれが欧米、特にアメリカのそれに比べて大きく遅れているように見えるという点である。BTの国家的振興の必要を力説する日本政府のBT戦略会議の見解も、こうした認識の上に立脚している。
そこで問題になるのは、日本バイオ産業の「後れ」の現状のデータによる厳密な確認、その原因の実証的・理論的分析、必要な対策の考案などである。現在までの研究によって分かったことは、政府、大学研究機関、民間企業などから「国家的革新システム(NIS)」の形成において、日本がアメリカに大きく水を開けられていること、薬価切下げ政策などの結果として、日本バイオ産業の市場規模がアメリカなどのそれに比べて著しく停滞していることなどの事実である。
このような分析から、日本バイオ産業振興のために行うべき施策も自ずと明らかとなるが、たとえばアメリカをモデルとしてキャッチアップを図ればよいかといえば、この場合には、さらに考えなければならない問題が山積している。
その1つは、アメリカなどのバイオ産業の市場規模拡大の背後には、薬価、特に新薬価格の高騰などの問題があることである。先端BTを駆使した新薬開発には膨大な研究開発費がかかるから、その少なくとも一部を消費者が負担しなければならない、などというのが通常の理由の説明だが、そうした説明は正確か、正確としても社会倫理的に許されるか、許されないとしたら薬価切下げという日本政府の従来の方針にも一理あることにならないか、等々の疑問が次々と生まれてくる。
もう1つは、いうまでもなく、産業化され商品化されたBTの生命倫理に関わる諸問題である。ES細胞利用の問題などはいうまでもなく、アメリカなどでは臓器や死体の市場規模はすでに10億ドル規模に達しているとの情報もある。個々の事例に関する情報収集と検討と並んで、こうしたいわば「生命のモノ化、商品化」に対する倫理学的、哲学的検討と原則的指針を確立することが急務であり、この点に関する実証的・理論的研究を行なったことも本研究の大きな特徴の1つである。
本研究の成果の一部は『バイオテクノロジーの経済倫理学』(仮題)として近く公刊予定なので、詳しくはそれを参照されたい。
助成期間内における研究においては、問題の解決よりも発見に力点が置かれており、発見された諸問題に関する本格的な分析と対応策の提言は、今後の課題として残されている。また、諸外国との比較はアメリカを中心としたものであり、中国に関しては文献的予備調査に留まったことも付言しておく。
(敬称略)