成果報告
2005年度
『世界茶文化大全』"All about tea"をめぐる戦前世界茶業史と世界の茶文化
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周辺資料集成と比較研究
- 静岡大学人文学部助教授
- 小二田 誠二
1935年に出版されたWILLIAM H. UKERSのAll about Teaは、世界の茶に関する総合的・体系的な書物として、他に例がなく、今もその価値を失っていない。本書は、中国をはじめ、関連する諸国では、それぞれに翻訳が出版されているが、日本では、近年、復刻版が出版されたものの、日本語訳は存在していない。70年前の出版物とは言え、これほど体系的に茶について論じた書物はその後も出版されておらず、また、姉妹編All about coffeeがUCCから翻訳出版されたこともあり、今、本書の翻訳を出版する意義は大きい。
本書の内容は、茶をテーマとして、自然科学・社会科学・人文科学の全ての分野、さらには、茶が生産され、流通し消費される全ての段階を、そこに生まれる世界各地の喫茶文化と共に語り尽くしている。特に、日本の茶業・輸出に関しては、戦前、全盛期にあった静岡をもっとも重点的に取材しており、静岡にとって、特別な意味を持つ書物でもある。
この研究プロジェクトでは、この、「茶学」の古典に注釈を付し、翻訳を刊行することで、二十世紀前半期の茶文化の諸相を明らかにすることを目標としている。しかし、上に述べたように、本書の記述は、あまりに多岐に渡っている上、高度な専門知識を必要とするため、地域の茶業会とも連携し、学科・学部を越えた協力による総合的な研究に発展していく必要がある。
そのため、04年、「静岡大学ALL ABOUT TEA研究会」を発足させ、まず、足がかりとして、日本の茶文化、特に茶道に関わる第二冊第19章を詳しく検討、対訳・注釈を、静岡大学人文学部経費による報告書として刊行(非売品)した。これによって、著者の資料収集や記述の方法などと共に、茶道を中心として、禅や生活様式を含めた日本の文化が海外でどの様に紹介・受容されたか、といった興味深い問題にも、光を当てることが出来たと考えている。
05年度は、財団法人サントリー文化財団の研究助成、及び、学部長経費等の資金援助を得て、日本の茶生産・流通に関する章を加えた三章分の翻訳・注釈・解説を、知泉書館から『日本茶文化大全』として出版することが出来た。
本書刊行に至る過程では、静岡という地の利を活かし、関連資料の発掘に努め、本書の成立事情の一旦も明らかにしえたと、自負している。
また、作業を通して収集整理した関連資料を中心として、島田市と共催で関連する展示会(「外国人記者の見たニッポンのお茶」島田市お茶の郷博物館)を開催している。展示会期間中には、著者が情報源とした明治期の茶道指南書に基づく茶事の再現や、著者が所属したアメリカの出版社からもゲストを招き、日本の茶貿易の歴史と展望に関わる大規模なシンポジウムも開催予定である(9/9.10)。
こうした、地域との関わりは、現在、静岡県としても緑茶の輸出を大きな課題としている時期でもあり、この研究そのものが、時宜を得た物であった事の証となっている。
現在、研究会では、All about Tea 全体の翻訳註釈作業を進めている。これまでのように、日本だけを対象とした内容ではなくなる上、自然科学や経済学など、従来のメンバーでは、カバーしきれない分野が大きくなってくるため、研究会を全学的な規模に拡大させ、更に、地域の関連業界とも連携をとりながら進めていくことにしている。
06年度は、最終的な全冊出版への態勢固めの年として、出版を見送り、来年度以降、毎年刊行して、五年程度で全54章の完結を目指している。
これまでの経験から、その調査過程で新たな発見も期待でき、また、関連してシンポジウムや展示会も随時開催する予定である。
(敬称略)