サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > 研究助成 > 助成先・報告一覧 > 世界システム論からみたヨーロッパ統合過程の分析

研究助成

成果報告

2005年度

世界システム論からみたヨーロッパ統合過程の分析
― バルト海貿易を中心に

京都産業大学文化学部客員教授
川北 稔

問題の整理
 本研究は、はじまったばかりということもあり、当面、問題の整理が重要な課題であったが、その点では、かなり明確な方向性が得られた。
 現代世界の一体化を前提にした近代史理解の方法としてウォーラーステインが提唱した近代世界システム論がある。また、この議論からする世界の近未来像には、国民国家を「中核」地域の基本的要素とするいまの世界システムが、拡大の可能性をなくして、資源エネルギー・環境問題などを解決できず、かわって、ヨーロッパ=キリスト教世界といった、緩やかな「広域」的つながりを軸とした、近世以前の状況にもどるとするものと、アメリカのヘゲモニーが衰退し、オランダ、イギリス、アメリカにつぐ新たな覇権国家が出現するというものとがある。
 本研究は、前者の見通しを前提に、近代世界システムの成立過程そのものを問題にした。近代世界システムが、オランダを基軸とする西ヨーロッを「中核」、東欧を「周辺」として成立したことに鑑み、ほんらい、東欧と西欧とが対等の立場で交通したハンザ・ネットワークが、いかなる条件のもとに、支配・従属関係の世界システムに移行するのかを問うのである。
 その前提として、日本では、戦後史学の悪影響が残り近代化の失敗例としてみられがちだった17世紀オランダ経済の、中核としての繁栄の秘密を解き明かす必要もある。ウォーラーステインにおいてさえ、オランダ経済史についての理解は不十分であり、近代世界システムの成立過程そのものの理論付けは、彼の理論のひとつの弱点となっている。この欠陥を、あくまで経済史の次元で補うことは、宗教や文化の前提ばかりが語られがちな現在のヨーロッパ統合の歴史的前提を、経済史そのもののなかに求めることにもなる。

研究の進展
 本研究会では、まず、メンバーのみならず、ゲスト・スピーカーにもお願いして、(1)ハンザ・ネットワークのあり方を検討した。暫定的な結論としては、ハンザの結合原理は、たとえば、メノー派のような宗派や人種の問題から、為替、傭船、保険等々、商業・海運のテクニカルなものへ重点が移動した。(2)ネットワークがシステムに転換し、オランダなど西欧が「中核」となっていく理由としても、従来の世界システム論でいう製造業の優位よりも、こうした分野での優位が重要であったのではないかという見通しを得た。オランダの商業・金融の技術の優越に着目することになった。
 ほかにアプライしていたファンドがとれなかったため、ズンド(エアーソン)海峡関税文書の包括的な分析はできなかったものの、主要な個別商品の移動パターンとアムステルダム商人たちの東欧での活動の個別の分析は、メンバーによってかなり進行した。
 とくに、ハンザの拠点のひとつとしてのリューベックなどの状況と、西ヨーロッパのそれとしてのオランダ諸都市の時系列的変化の分析が緒に就いた。商業・金融の技術をつうじて、16・17世紀にオランダ経済がバルト・北欧地域を従属させていく過程をオランダ側及びバルト海・スウェーデン側から分析するかたちができたことは、最大の成果である。

(敬称略)

サントリー文化財団