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研究助成

成果報告

2005年度

「沖縄」のオーラル・ヒストリー図書館づくりに向けて

早稲田大学国際教養学部教授
勝方 恵子

研究助成金の最大の成果として、早稲田大学に「琉球・沖縄研究所」を創設し、オーラル・ヒストリー・プロジェクトを大きく展開する基盤を築くことができた。創設に際しては、過去に助成金を獲得した実績が問われたので、当財団の研究助成は有難かった。「周縁」を掘り起こし、「他者」の文化・芸能・言語・エスニシティなど、記憶という貴重な文化財を救うために、メンバーの総意として挙げられたのは、学際的なアプローチを展開することだった。2005年度のオーラル・ヒストリー・プロジェクトは、文化人類学、民俗学、社会学、経済学、舞踊学、文学など、前年度以上に多様な視点を結集して「沖縄」を掘り起こすことができた。これらの成果は、早稲田大学「琉球・沖縄研究所」紀要創刊号(「オーラル・ヒストリー特集」として2006年10月発行予定)に、掲載される。具体的には以下の通りである。

(1)津嘉山朝松の一生渡邊 欣雄 
津嘉山朝松は東村字宮城に生れたが、貧しい家族の犠牲になってミクロネシアの島々に身売りされる。そこで身につけたトラック運転の技術を生かし、米軍統治下の沖縄でバス運転手となり、やがて故郷に帰り地域初の運送業を営む。1970年以来、村会議員として地域の諸要求に応えつつ、産業を興す。本論は、いかに個人が、特定地域や社会・文化を超えて、広く創造活動に貢献してきたかを明らかにしたもので、「文化研究」に投じた一つの試み・提案。

(2)沖縄戦の死者と生者の〈戦後〉北村 毅 
本研究は、先行研究の死角たる〈戦後〉に焦点をあてたもので、〈沖縄戦〉後の戦死者の慰霊や供養をテーマに設定し、個々人の戦後の生活世界や精神世界の形成に、戦死者の存在がどのような影響を及ぼしてきたのか、について記録・検証するものである。特に沖縄県本部町在住の民間巫者による戦死者供養の事例を中心に考察を試みた。

(3)「よそ者」に対してのみ語られうる歴史熊本 博之 
辺野古地区の住民が、普天間基地移設問題にどのような態度を形成してきたのか。現在進行中の問題であり、文書による記録はほとんどなかったため、本論は、重要な「住民意識の変遷」の記録となった。1月に実施された名護市長選挙において革新側が候補者の一本化に失敗したことで保守系候補者が当選したことが辺野古住民に及ぼした影響について――基地を受け入れるしかないというあきらめの雰囲気が支配する中、受け入れ推進派住民による活動が顕在化してきた一方で、革新系候補の分裂が反対派住民の主体性を喚起し、あらたな住民運動の萌芽が見られたことなど。

(4)「心理学化する」沖縄の精神世界-うつ病であった女性への聞き取り調査から-八尾 祥平 
日本復帰後、沖縄県では50代以下の女性のうつ病率が上昇し続けている。90年代以降、沖縄女性の元気さが喧伝される一方で、事態は深刻化し続けているという皮肉な状況にある。この背景のひとつには沖縄社会において「個人化」が急激に進行していることが挙げられる。本論考では、「個人化」する沖縄の精神世界において、伝統的なコスモロジーが臨床心理学的なテクノロジーにとってかわられる様を那覇で生まれ育ち、うつ病を患った経験のある女性への聞き取り調査を通して明らかにした。

(5)舞踊家・児玉清子の生涯波照間 永子 
児玉清子氏(本名 中村キヨ)(1914-2005)は、久米島町(旧 具志川村)の出身で、明治期に沖縄芸能界の礎を築いた名優・渡嘉敷守良の直弟子である。1984年に上京し、渡嘉敷とともに「東京・沖縄芸能保存会」を結成。首都圏においていち早く沖縄芸能の普及・発展の道を拓いた。91歳でその生涯を終えるまでの芸能一筋の生涯を記録した。さらに、添付資料として「芸歴書」「公演プログラム」「批評文」を検索するためのデータベースを作成し、今後調査予定の、他の芸能家・芸術家関連のオーラルヒストリー・データベース構築に関する端緒を開いた。

(6)久高島の生活と祭祀(仮題)小山 和行 
琉球王国の親祭であった<麦の初穂>儀礼は、現在も久高島で毎年実修されている。昨年(2005年)の当該祭礼を調査し、これまで報告されていたものとの比較検討を加えた。そこで判明したのは、かつて報告されてきたものと現在実修されているものとの間に、神役の構成に大きな変化が見られるのに対応して、本来の骨子がかなり明確な形を取って現れていると思われる。本論では、その基本的な骨組みを抽出し、島の祭祀の維持を支えているのが何なのかを考察。

(7)渡名喜島のシマノーシ三島 まき 
沖縄の渡名喜島では、隔年の旧暦4月(神送りは5/1)にシマノーシ(島直し)の祭りが行われる。報告者は2005年6月2日から6月7日まで渡名喜島に滞在し、シマノーシ祭を見学調査した。また、同年7月に渡名喜島の六月カシチー(新穀祝い、綱引きなどが行われる)を見学し、これらの祭りに関する聞き取り調査を行うことができた。本報告では、シマノーシ祭の調査報告を中心に、2004年に調査した久高島のハンジャナシー、伊是名島のシヌグ、海神祭などと比較し、神女による来訪神祭祀に焦点をあて、これらの祭りに共通する祭祀形態の特徴を明らかにするようにつとめた。

(8)オーラルヒストリーの現代的意義とその多様な方法論勝方=稲福 恵子 
「記憶の継承」の重要性が指摘されることによって、オーラル・ヒストリー収集の意義も高まり、同時にその方法意識も先鋭になった。最近メディアなどでも大きく取り上げられるようになって来た大戦後の沖縄の負の遺産としての「トラウマの連鎖」を、学際的にもあらゆる方法論を駆使して言語化するための、理論構築の試みを展開する。


(敬称略)

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