成果報告
2004年度
音によるまちづくり
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音の景観デザイン創出に関する研究
- 信州大学繊維学部感性工学科教授
- 横井 紘一
1. 研究の背景と目的
本研究においては、我々を取り巻く環境を音という観点から捉え直し、よりよいLivable(住みよい)まちをつくる一助となることを第一の目的としている。その先駆として、奈良町を対象地域として取り上げ、そこに住まう人々がもつ音風景を明らかにすることを目的とした。2004年8月から2005年7月までの一年間、サントリー文化財団の研究助成を受け、実施した内容は次のように大別される。
2. 住民を対象としたアンケート調査
調査は、2004年11月に6町を対象として行なわれ、配布数212件、有効回答数132件であった。奈良町の住民が聞いている音としては、主に、自動車、鳥の声、寺の鐘、人の声、バイクが挙げられた。これらの音は、住民が比較的好んでいると思われる音<鳥の声、寺の鐘、人の声>と、嫌いであると思われる音<自動車、バイク>の、二つのグループに分けることが出来る。また、比較的近くから聞こえる音は、<自動車、人の声>であり、遠くから聞こえてくる音は<寺の鐘>であった。
アンケート調査対象地域6町の中で、興福寺南円堂から最も遠い(南東約1.5kmに位置する)高畑町において、より近い中院町や中新屋町よりも寺の鐘という回答比率が高かったことは、必ずしも音源から近い位置で寺の鐘が多く聞かれているわけではないということを表している。このことから、奈良町の音風景の重要な位置に寺の鐘があり、音風景のデザインを考える上で非常に重要なファクターであることが示唆された。
また町屋に住まう人々からは、その空間特性から構成される音環境を明らかにする有効な回答を得た。土間は、外の音、内の音、隣の音、一番音が溢れている(多い)空間であり、中庭は、外の音、隣の音、自然から発生される音が多く、裏庭にはない水が挙げられていた。土蔵は、無音、外からの高い音、中で音が響く特殊な空間であった。裏庭は、外の音、隣の音、自然からの音が溢れている(多い)空間であり、つし二階は、内部空間であるにもかかわらず、外から騒音が侵入しやすい空間、幅員の狭い通りから音が上がってくること、また内に面する側からは、内からも電化製品の音などが上がってくることが明らかにされた。つし二階は、居住(とくに寝起き)には、あまり適さない空間であることが音環境の特性から指摘されたが、一方で、まちの動きを感じ取れる半外部空間であることから、近年定年後の段階世代の居場所としても需要が高まりつつある個人オフィス、有償ボランティアの事務所などにとって魅力をもった空間であることが推察された。
3. 微地形調査
微地形とは地図の等高線に表されない程度の土地の高低差をさし、水の流れを掴む上で重要な手がかりとなる。古地図をもとに仮説を立て、奈良町における失われた水辺の再生を目指した調査が行なわれた。江戸時代中期の奈良町においては、川が人々の目に触れる形で存在していたことが明らかにされた。それぞれの川の水量は不明であるが、奈良町の住民にとって、川の存在はせせらぎとして身近なものであったと考えられる。
現在の奈良町では、人々の意識の上では川が事実上失われてしまっていることがアンケートからも伺えるが、川の流れ自体は、水量はかつてより減少しているとはいえ、確かに残存していることが明らかにされた。これは、奈良町の中で、せせらぎが再生される可能性を僅かながらに残すことを示している。
せせらぎが再生するためにもっとも重要なことは、現在の尾花谷川と鳴川に流れ込む家庭雑排水を減少させるために、流域の下水道をいっそう整備することである。しかし、同時に重要なことは、尾花谷川や鳴川の水量を安定させることであると思われる。鳴川の場合は、農業用水が流れ込んでいることが確認されていることから、この農業用水からの供給量を維持していく必要があろう。そのためには、農業用水を使用・管理している農家の理解・協力を得る必要があるといえる。少なくとも、現在の農業用水の維持・管理レベルが後退しないよう、関係者の努力が求められる。とくに、当該の農業従事者が高齢である場合、後継者の理解・協力が不可欠であり、後継者だけでは労力的に負担が大きい場合、何らかの公的支援や民間ボランティアの働きによって補われる必要が指摘された。
4. 音環境教育プログラム
2005年5月に、奈良町の椿井小学校において実施された。「奈良町音環境教育」とは、奈良町を校区とする小学校において、児童の音に対する感性を高めながら、地域奈良町の音環境を知り、考え、創造していく態度を育もうとするものである。普段聞くことのないならまちの音、あるいは無意識に聞こえてはいるけれども意識して聴いてはいない音との出会いを計画した。
その際に、ただ聴こえた、聴こえない、これは○○の音だ、というレベルでとどまらせていては、子どもはまちとの関係を築けない。じっと黙って音と対峙し、イメージを創出させる。そのイメージを自己がメタ認知し、さらに同じ音に対する他者のイメージも理解する。そして音と人間との関わりについて学ぶ。
これらを通して、イメージをもって音を感受する感性を基盤に、自分たちの暮らすならまちの音環境について考え、ひいては聴覚のみならず五感すべてを洗練させる教育の一助とする。題材(単元)名は「感じてみよう!ならまちの音」とした。題材の目標は「音に対する豊かな感性と、地域(奈良町)の音環境を考え創造する態度を育む」とし、全5時間とした。
最終時の発表では、音や音から得たイメージについて、具体的に人に説明することができた。自らが描いた絵や記述した感想を見ながらであったため、より記憶を鮮明にさせることができたためと考えられる。また、それまでの楽器や校内音のスケッチやトークの経験が影響したことも一因と考えられる。
しかし一方で、ならまちの音を聴いて、自分はどう思ったのか、というイメージに基づく自己の感情を表現するまでには至らなかった。そのため、音を聴いてきた結果、ならまちの音環境を今後どのようにしていったらよいかを考える時間を割愛し、教師から教師の願いとしてそれを児童に伝える形に変更せざるを得なかった。
イメージに基づく自己の感情を表現することを実現するには、イメージと感情との往復をさらに時間をかけて思考する学習が必要であったと思われる。あるいは小学校4年生としてこの課題が適当かどうか、今後、再検討を必要とすることが明らかとなった。
5. 結び
本研究の目的は、2段階ある。第1段階は、奈良町のサウンドスケープへの「気づき」であり、サウンドスケープを意識化し、共有の資源として認識することである。そこでは教育的、啓蒙的プロジェクトが中心となる。それがまちづくりの第一歩である。同時に、第2段階としてはその資源をより社会化することである。それは、まちづくりのためのサウンドスケープの効果的な利用であり、住民のためだけでなく来訪者をも視野に入れたまちづくりを計画することである。
本研究は、観光をも含めた、より積極的な方向性を打ち出すことを最終目標に、以上のような2段階的なアプローチをもって、まちづくりに貢献することを試みた。エコツーリズムの基本は、望ましい環境の保持や再生にある。この点は、特に都市では留意する必要がある。環境への関心が高まっているなか、環境の悪い都市は、いくら有名な遺跡や施設をもっていたところで、その魅力はどんどん失われていく。環境先駆的都市こそが、人々の住みたい、訪れたい街となる。エコツーリズムの成り立つ都市こそが、今後の観光都市のモデルとなりうる。
ツーリストを引き寄せるためには、環境への配慮が必要である。エコロジカルな街の魅力を発信する、そこに人々が集まってくる。奈良の街が魅力あるエコロジー都市に変わること、それが未来のツーリズムの第1条件であると思われる。
調査主体の第1段階は終わった。これからは、より具体的なまちづくりに向けて立案する段階へと移行すべきである。そのひとつとして、都市=奈良におけるエコツーリズムの可能性を探ることを提言した。その具体化は今後の作業をまたねばならない。
(敬称略)