サントリー文化財団

menu

サントリー文化財団トップ > 研究助成 > 助成先・報告一覧 > 海を渡る女神たちの姿を読み解く

研究助成

成果報告

2004年度

海を渡る女神たちの姿を読み解く
― 媽祖を中心とする航海神の図象史学的研究

大阪外国語大学外国語学部比較文化教授
武田 佐知子

1. 本年度の概要
 本年度は、(1)古媽祖像画像データベース作成に向けて、主として調査による撮影、調査が不可能な場合は図版の入手によって画像を集積し、(2)発生地における信仰の形成から他地域への伝播のなかでの神格変化や霊験譚の混合なと、他の海の神仏や女性神たちとの位相の検証作業を進めるため、媽祖信仰の歴史的展開過程、近世日本における受容と変容、観音・龍神・熊野権現・マリアなどとの関連などについて分析をおこなった。

2. 本年度の成果
 助成開始前に日本で確認されていた媽祖像は26例で、このうち8例については調査と撮影を実施し、既にD.B.に利用可能な画像とデータがある15例については、その整理をおこなった。また本研究の調査によって新たに8例の古媽祖像の存在が確認され撮影された。さらにマカオで9例、台湾で14例の媽祖像と関連諸像の調査をおこなった。また、D.B.化に向けて像の年代観と抽出すべき図像学的ポイント(立坐、手の位置、持物、服装、冠、顔付など)の検討作業を進めるため、台湾や中国の出版物から関連画像を収集した。さらに台湾の研究者と意見交流をおこなったが、特に、媽祖研究者として著名な成功大学の石萬壽教授が数百例の媽祖像を実見した経験からのべた伝承はもちろん銘文も必ずしも当てにならないという話や、仏神像の保存修復専門家である台南藝術大学の林春美副教授からの同時代の絵画資料に女神・女性像との比較が重要であるという指摘は有益である。さらに、キリシタン研究者との意見交流や中国壁画の写真集によって、大分県の媽祖像がかぶる冠の鳥の意匠が、キリスト教の鳩とは無関係であり、中国明代の女性がつける鳳凰冠を彫刻化したものであることが、明らかになったことも、具体的成果であった。
 中国の媽祖信仰についてはマカオや台湾の調査で、福建系移住民による港市建設と廟の建立、先行していた観音信仰との関係、関帝・保生大帝・臨水夫人など他の中国神やポルトガル人が持ち込んだマリア信仰との並存状況など、歴史的地域的位相の解明にむけた貴重な知見を得た。また、日本列島の媽祖(天妃)信仰について、単に渡来した中国人が持ち込んだというだけでなく、在来の船玉信仰や神火霊験譚と結びついて、日本人船乗りや漁民の間にもひろがっていたことが鹿児島や長崎の調査によって明らかになりつつある。また、宮城県七ヶ浜町で新たに確認した画像が、茨城県礒原の天妃刷像や青森県大間の天妃像と同じ図像であることがわかり、東日本における媽祖信仰の展開に新たな見通しを与えることになった。さらに『和漢船用集』や『増補諸宗仏像図彙』など江戸時代に普及した諸書にもに、船玉神やその「絵姿」として媽祖が登場しており、当時の信仰の拡がりは従来考えられていたよりも広く深いことが示唆されている。

3. 今後の課題
 本年度は近年研究の進展が凄まじい中国福建省における調査や研究交流ができなかったので、日本での画像や資料の補充のための継続調査とともに次年度は中国調査を実施する必要がある。また、アジアにおける信仰の展開については、他の諸神との混淆・並存というだけでなく、同じ海を囲む圏域における海洋信仰の共通基盤の地域的個性という視点が不可欠になってきたと考えられる。図像学的特性や年代観についても、より広く研究交流を続けながら検証を続ける必要がある。さらに当初、PDFファイル版を予定していたデータベースも、IT技術の急速な進歩よって、再検討する必要が出てきた。より利便性の高いデジタルデータベースを目指し、書式や盛り込む内容なども再検討していく必要があるだろう。

(敬称略)

サントリー文化財団