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研究助成

成果報告

2004年度

ポピュリズムへと向かう世界?
― 「国民国家後」の各国政治に関する比較研究

神戸大学大学院国際協力研究科助教授
木村 幹

 世界的に進行するポピュリズム的現象。この中でも、東アジアにおける先進地域である、日本、韓国、台湾の状況には類似点が多い。その状況を箇条書きするなら、以下のようになる。

1) 政党、或いは、かつての政党内の組織に、多くを依存しない、政治的リーダーの登場、また、政治的リーダーの個人的人気・声望に依存した、利害調整型でなく、トップダウン型の政治の登場
2) 官僚制度に対する敵対的姿勢を持った政権の登場
3) ニュービジネスとの提携、或いは、オールドビジネスへの敵対的態度
4) 民族主義的な言動の増加
5) 不安定な政治的方針 - 特に対米、対グローバル化
6) メディアとの緊張関係

 それでは、東アジア地域においては、なぜにこのような状況が顕著に進行しているのであろうか。第一に指摘すべきは、グローバル化の進行による、旧来の経済体制の崩壊である。日本におけるメインバンク中心の護送船団方式や、韓国における巨大財閥中心の経済体制は、90年代後半におけるグローバル化の波の中で、いやおうなしに姿を消した。台湾においては、状況は緩やかに進行したが、グローバル化は、それまで台湾経済において重要な地歩を占めていた国民党が支配する「党営企業」による一部業種における独占状況を打ち壊した。このような状況は、いわゆるオールドビジネスと密接な関係を有していた、これら諸国の官僚組織と支配政党の組織的構造を弱体化させた。
 第二は、新たなるナショナリズムの勃興である。1990年代における冷戦体制の終焉は、例えば、90年代においては、ソ連邦の崩壊と、その結果としてのエリツィン率いるポピュリスティックな政権をロシアの地に生み出した。しかしながら、東アジアにおいては、冷戦体制の産物である朝鮮半島の南北分断と、台湾海峡を挟んだ中台両国の対立は、直ちに解消されず、冷戦体制終焉の影響は、直ちに各国の支配政党の支持基盤を揺るがすには至らなかった。しかしながら、2000年代に入るとこの状況は大きく変わることとなる。2000年6月の南北首脳会談に代表される南北朝鮮の急速な接近は、韓国の人々の意識における仮想敵国の地位から、北朝鮮を引きずりおろすこととなった。2001年9月のアメリカにおける同時多発テロ以降、アメリカは中国の台湾政策に対して理解を示すようになり、結果、「独立」を求める台湾ナショナリズムは、孤立の度合いを深めることとなった。わが国においては、2002年の小泉・金正日会談における拉致問題表面化以後、北朝鮮の脅威が声高に叫ばれるようになり、対中脅威論の台頭と共に、人々のナショナリスティックな感情を掻き立てることとなった。
 重要なのは、このような状況において、日本、韓国、台湾では、国際情勢の変化に伴う、仮想敵の変更と、新たなるアイデンティティ構築の必要が生まれている、ということである。今日の各国政権は、一方で、オールドビジネスが力を失い、それに伴い既成勢力が力を失いつつある流動的な政治状況の中、一定の範囲ながら、特定の政治的争点の強調や、ナショナリスティックな感情に訴えることで新たな支持基盤を維持しようとしているように見える。その意味で、今日の東アジアにおけるポピュリズム現象は、グローバル化と冷戦終焉に伴う世界的現象の一部であると同時に、冷戦の終焉が遅延したこの地域における「遅れてやってきた」現象であるといえる。

(敬称略)

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