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サントリー学芸賞

受賞のことば

思想・歴史2021年受賞

上村 剛(かみむら つよし)

『権力分立論の誕生 ―― ブリテン帝国の『法の精神』受容』

(岩波書店)

1988年生まれ。
東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了。博士(法学)。
日本学術振興会特別研究員(DC2)、プリンストン大学歴史学部訪問学生研究協力員などを経て、現在、日本学術振興会特別研究員。
論文 「アメリカ啓蒙と陰謀論」(『日本18世紀学会年報』36号所収、2021年)など。

『権力分立論の誕生 ―― ブリテン帝国の『法の精神』受容』

 かつてある政治思想史の先達が、「現代に対する切実な問題意識が純粋な歴史的研究と奥深いところで契合」するべき、と思想史の課題を表現したことがある。本書の基となる博士論文を執筆しつつ、時折胸に去来したのはこの言い回しだった。
 昨今のニュースをみていれば、政治権力についてのさまざまな報道を目にするし、喫驚したことにSNSでは三権分立がトレンド入りを果たした。任命権、解散権、召集権、いろいろな権力をめぐって議論が交わされており、目の前の政治状況に何かを言いたい誘惑に駆られたこともある。しかし私は現代日本政治の専門家ではないし、そのような助平根性はかえって研究の目を曇らせるだけである。なぜ私たちはこのような状況に直面しているのかを、より長い歴史的系譜のなかに位置づけるという基礎論に従事する道を選んだ。
 長期的な視野でみてみれば、世の中は謎だらけである。現在の日本の政治は議院内閣制で、首相がいて、国会があって、といったしくみになっている。もちろん常識だが、はっきり言ってしまえば、よくわからない。当たり前すぎて誰も何も言わないが、なぜこんなしくみになっているのだろうかと自分なりに疑問に思ってきたのは、そうではないしくみで政治が行われてきた古今東西の歴史を多く学んできたからかもしれない。政治思想史とはそういう「当たり前」を謎にする、魅力的な学問である。悪くいえば謎にしてしまうソクラテス的な学問である。歴史を検討しつつ、翻ってふと目の前の政治を眺め直すと、いっぱいわからないことが出てくる。議院内閣制もその一つである。
 日本では議院内閣制と三権分立とが共に政治原理として受け入れられているが、その二つは本来そこまで相性が良くないものである。しかし教科書的には当然のように両方を教わる。なぜなのか、これもよくわからない。それゆえ本書では、まずは後者の三権分立がどのように政治原理として成立したかを検討した。次に考えるべきは、言うなれば「議院内閣制の誕生」である。アメリカ建国期の研究をしていると、今日の政治学が常識とする議院内閣制と大統領制という分類はみられないし、特に区別もされていない。だからその後どうしてこのような分類が成立したかも、謎に映ってしまうというわけである。
 思想史が半分は純粋な歴史的研究であることは、同時にこれまでの研究への敬意を常に払うことにもつながる。私以前に知的に格闘してきた先達の肩に乗っかりつつ、これからも淡々と基礎研究に打ち込んでいきたい。それが分不相応な賞を頂いてしまった私に課せられた、学芸へのささやかな恩返しだろう、そう思いながら。

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